2013年06月10日

ご成婚20年 雅子さま「ありがとうございました」

 9日に皇太子さまとのご成婚20年を迎えられ、報道などが相次いだ皇太子妃雅子さまは10日午前、お住まいの東宮御所で、スペイン訪問へ出発される皇太子さまを見送られた。その際、近くで取材する報道陣に向かって「昨日はいろいろありがとうございました」と声をかけられた。

 病気療養中の雅子さまは記者会見などにも臨まれておらず、こうしたケースは珍しい。

 雅子さまは、東宮御所で、出発される皇太子さまの車が見えなくなるまで見送り、その後、記者やカメラマンら報道陣にご会釈。声をかけられた。

 お見送りには、秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も臨まれていた。

 9日には新聞やテレビで皇太子ご夫妻のご成婚20年を報じる報道が相次ぎ、国民の関心が高まっていた。

ラベル:雅子さま
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2013年02月26日

皇太子さま、インフルエンザに

 宮内庁は25日、皇太子さまがインフルエンザに感染したため、予定していた同日午後の書道展鑑賞と、26日午後の大使接見を取りやめられると発表した。3月1日まで行事などへの出席を控え、お住まいの東宮御所で回復に努められる。

 宮内庁によると、皇太子さまは24日午前にのどの痛み、せきなどの症状がお出になった。同日夕には37度台後半の発熱があり、25日朝に医師の診断でインフルエンザB型と確認されたという。

 長女の敬宮愛子さまも今月インフルエンザに感染し、18日まで学校を休まれていた。

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2012年06月06日

ェ仁親王殿下ご逝去 66歳

不思議な水 強命水「活」
ェ仁親王殿下にも、是非飲んでもらいたかった。残念です。

「まだお若いのに…」 病院前悲しみに

 ェ仁さまが入院されていた東京都千代田区の佐々木研究所付属杏雲堂病院周辺では6日午後4時ごろ、突然の悲報を知った市民は一様に言葉を失い、悲しみに暮れた。

 中野区の会社員、小沢孝さん(62)は「ェ仁さまは、弱い人や若い人の目線で行動される方だった。今の時代に必要な方を亡くし、残念です」と話した。

 富山市から来た女性(76)は「まだお若いのに…。本当に惜しいことです」と言葉を詰まらせていた。


ェ仁親王殿下ご逝去 66歳

 三笠宮家の長男で、天皇陛下のいとこにあたるェ仁親王殿下が6日午後3時35分、入院先の東京都千代田区の杏雲堂病院で逝去された。

 66歳、皇位継承順位は第6位であられた。障害者福祉などに心血を注がれる一方、気さくなお人柄で国民から「ヒゲの殿下」と親しまれた。

 一般のご葬儀にあたる「斂葬(れんそう)の儀」は、東京都文京区の豊島岡墓地で執り行われるとみられる。

 ェ仁さまは平成3年以降、がんの治療を受け、今年1月にも下咽頭から口腔のがんを切除する手術を受けられた。

 3月2日にのどの軟骨を切除する手術を受けたが、今月1日、口内から出血がみられた。

 5日に腎臓や呼吸器系の機能にともない意識レベルも低下し治療が続けられていた。

 ェ仁さまは昭和21年1月5日、昭和天皇の末弟、三笠宮崇仁(たかひと)親王殿下の長男としてご誕生。

 学習院大学法学部を経て、戦後、皇族としては初めての海外留学で英オックスフォード大学に学ばれた。

 大変なスキー好きとして知られ、スキーを通じて身障者や青少年の福祉などに取り組まれた。

 55年11月、故吉田茂元首相の孫にあたる信子さまとご結婚。長女の彬子(あきこ)さまと二女、瑶子(ようこ)さまをもうけられた。

 麻生太郎元首相は信子さまの実兄。

 昭和57年には「社会福祉活動に専念したい」などと皇籍離脱を申し出られたこともあった。

 平成3年にがんを患った際に病名を公表し、がん告知の議論にも一石を投じられた。


彬子さまご帰国 寛仁親王殿下の体調案じ

 ドイツとポーランドを訪問していた寛仁親王殿下の長女、彬子さまが6日朝、帰国予定を2日早め、成田空港に帰国された。

 宮内庁は理由について、寛仁さまのご体調を案じたことに加え、4日にワルシャワで開かれた国際シンポジウムでの発表も終えられたためと説明している。

 宮内庁によると、彬子さまは日本美術の調査研究などのため、5月30日からの日程で両国に滞在されていた。


【ェ仁さまご逝去】「自衛隊の母」とのご交友

 逝去されたェ仁親王殿下は、「自衛隊の母」と呼ばれ、北海道の名寄自衛隊協力婦人会会長だった吉田美枝子さん(昨年死去、享年88歳)と交友があり、吉田さんの勧めもあって功績をたたえる「国民の自衛官」(フジサンケイグループ主催)の表彰式にも出席されていた。

 吉田さんの家族によると、スキーがご趣味のェ仁さまは昭和40年代から名寄を訪れ、地元の人たちと親交を深められた。

 名寄には数十回以上訪れ、吉田さんと家族ぐるみの付き合いをされたという。

 昭和55年には、吉田さんたちとェ仁さまの呼びかけで「冬を楽しむスキーを通じて障害者に喜びと自信をもってもらいたい」と、北海道で障害者のためのスキー大会が始まり、現在まで続いている。

 吉田さんの親族、吉田素子さん(59)は「周りを勇気づけられていた印象があり、ご逝去されたと聞き心が大変痛みます」と話していた。

寛仁さま「意識レベル低下」 宮内庁説明

 入院中にご体調が一時悪化し、皇族方のお見舞いが相次いでいる寛仁親王殿下のご容体について、宮内庁の名川弘一皇室医務主管は5日夜、会見を開き「腎機能が低下し、尿が出ない状況が約14時間にわたって続いている」と説明した。

 また「意識レベルは低下してきている」とし「4日までは名前を呼ぶとしっかり反応があったが、5日は強い刺激で応える程度」と述べた。

 寛仁さまは66歳になられる。

 名川皇室医務主管は肺と肝臓についても機能低下がかなり進み、肺にはかなりの部分に肺炎の症状がみられるとしたものの、「危篤状況ではない」と説明。

 今後の回復の可能性については予想ができないとした。

 1日には口内から出血がみられたが、現在は止まっているという。

 一方、宮内庁は5日、日本美術の調査研究などのため、ドイツとポーランドを訪問していた寛仁さまの長女、彬子さまが、帰国予定を2日早め、6日朝に帰国されると発表した。

 寛仁さまのご体調を心配して変更を決められたという。



★「全力投球でやり尽くされた」日野原さん

 山口県下関市に講演に訪れていた日野原重明・聖路加国際病院理事長の話 

 「歯切れがよく行動力と決断力のある方だった。

 特に難病の人たちの援助のため、自分を顧みず人のために尽くそうというところがおありだった。

 昨日お見舞いにうかがった時には、もう意識はなかった。

 静かな人生の終焉を迎えられ、60歳代であっても自分の人生を全力投球でやり尽くされたと思う」


★「本当のスキー人」蔵王のスキー関係者

 ェ仁親王と一緒にスキーをした経験を持つ岸英三・蔵王ハイムスキースクール会長(89)

 「殿下は、頼まれるといやと言えない性分で、何でも無理をなさっていた。

 亡くなられ残念以外に何もない。

 殿下はスキーが大好きで、アルプス、八甲田、北海道といろいろと滑られた。

 山形県の蔵王スキー場でも一緒に滑りましたが、スキーは文化であると理解できる本当のスキー人でした」


★最高裁長官が謹話 

 最高裁の竹崎博允(ひろのぶ)長官は6日、ェ仁親王殿下のご逝去に当たり謹話を発表した。

 「ェ仁親王殿下のご薨去(こうきょ)の報に接し、深い悲しみの念を禁じ得ません。

 殿下は、障害者福祉、スポーツ、文化、国際親善など様々な分野にわたり、皇族として、多大な貢献をしてこられました。

 国民から親しみと深い敬愛の念を抱かれていた殿下が、病を克服され、ご活躍されることを期待申し上げていただけに、誠に痛惜の思いに堪えません。

 皇族を始めご近親の方々の深いお悲しみをお察し申し上げ、ここに、謹んで哀悼の意を表するものであります」


★スポーツ界にも悲しみ 札幌五輪は事務局で活躍

 ェ仁さまが亡くなられた6日、スポーツ界にも悲嘆の声が広がった。

 日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は「『スポーツの宮様』として知られた秩父宮さまを継ぎ、長い間、尽力していただいた。

 馬術もやり、自転車やスキー、身障者スポーツの振興にも取り組まれていた」と早過ぎる死を悼んだ。

 スポーツ団体では、日本ラグビー協会の名誉総裁などを務め、1972年札幌冬季五輪では自ら大会組織委員会の事務局に入って活躍した。

 ラグビーの2019年W杯の招致成功にも尽力し、日本ラグビー協会の真下昇副会長は「1試合でも観戦していただきたかった」と話し、日本体協の張富士夫会長は「殿下からのご指導はわが国スポーツの発展に大きな影響を与えていただいており、今後、スポーツ界として大切に守っていきたい」とのコメントを発表した。


★ェ仁親王殿下ご逝去を悼む 「自動車産業発展にご尽力」豊田自工会会長

 豊田章男・日本自動車工業会会長 平成3年の第29回から昨年の第42回のモーターショーまで、14回にわたり名誉総裁に就任され、自動車産業の発展と振興に多大なるご尽力をたまわった。

 最後にお目にかかった昨年の東京モーターショーでも、会場で熱心に各ブースをご高覧されるお姿が強く印象に残っている。


★ェ仁親王殿下ご逝去を悼む 「ボランティアにご熱心」中村日商専務

 中村利雄日本商工会議所専務理事 障害者に対するボランティア活動にご熱心な宮様だった。

 私が事務総長を務めた愛知万博の開幕前2003年と開幕後の2004年の2回、愛知県にお出ましくださり万博での障害者に接する心構えについてスタッフにご講義をいただいた。

 健常者が思いこみで対応するのではなく、相手が何をしてほしいのか、しっかり見て(視診)、聞いて(問診)、さわって(触診)判断してほしいと話された。

 フランクなお人柄で特別扱いを嫌われた。早すぎるご逝去は本当に残念だ。


★全文 首相謹話

 野田佳彦首相が6日、ェ仁親王殿下のご逝去について発表した謹話の全文は次の通り。

 ェ仁親王殿下の突然のご訃報に接し、驚きと悲しみの念を禁じ得ません。

 殿下には、三笠宮殿下のご長男としてお生まれになり、皇族として、障害者福祉、スポーツ振興、青少年育成、国際親善等さまざまな分野にわたり、幅広い貢献をしてこられました。

 とりわけ、心身に障害を持つ方々や難病等の方々が自立して社会参加できるよう、身障者と健常者が一体となって「共に生きる」社会基盤づくりのため、啓(けい)蒙(もう)・実践両面の活動にご尽力してこられました。

 さまざまな機会に国民と飾ることなく親しく接せられる殿下に、国民は深い敬愛の念を抱き、引き続き積極的なご活動を望んでいたところ、思いもむなしく薨(こう)去(きょ)されましたことは、誠に痛惜の思いに堪えません。

 皇室を始めご近親の方々の深いお悲しみをお察し申し上げ、ここに、国民とともに、謹んで心から哀悼の意を表するものであります。
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2012年03月20日

陛下、胸水ほぼ全部抜かれる

 天皇陛下は20日、心臓の冠動脈バイパス手術の合併症でたまった胸水を針で抜く治療を、皇居内の宮内庁病院で受けられた。宮内庁によると、治療は無事に終了した。陛下が取り組まれているリハビリの支障になっている息切れを解消するなどの目的で行われたもので、治療は右胸の胸水を抜いた7日に続き2回目。今回は両胸にあった胸水ほぼすべてを抜き、前回をやや上回る量になったという。

 陛下は宮内庁病院での19日の検査で、胸水の自然吸収が医師団の予想より遅れていることが分かり、再び治療を受けられることになった。治療には今回も、手術を担当した東大と順天堂大の合同チームが加わった。

 宮内庁では、21日に行われるクウェートのサバーハ首長の国賓歓迎行事の後、皇居・宮殿で行われる首長との会見には、陛下が皇后さまと臨まれる予定としている。



諏訪からの水維新「活」
本当に不思議な水です。強命水「活」
諏訪からの水維新「活」
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2012年03月15日

天皇陛下、御所の庭をご散策

 宮内庁は15日、心臓の冠動脈バイパス手術を受け療養中の天皇陛下が13日以降、皇后さまとともにお住まいの皇居・御所の庭を歩くなど、屋外でのリハビリに取り組まれていることを明らかにした。15日には午前と午後、それぞれ20〜25分かけて庭を散策し、山菜のノビルを摘まれたという。


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2012年02月19日

「世界最高水準の医師」天皇陛下手術チーム参加、天野氏の横顔

 天皇陛下の手術チームに加わった順天堂大の天野篤教授(56)は、昭和58年に日大医学部を卒業後、各病院を渡り歩いて“武者修行”を重ね、国内外の評価を獲得してきた。東大医学部が中心となってきた陛下の医療体制の下では異例の起用といえる。

 「天野君は誰よりも向上心が強かった」と話すのは、平成3年に新東京病院(千葉県松戸市)で天野氏を指導した須磨久善(ひさよし)医師(61)。イタリアで学んだバイパス手術の技術を天野氏に一対一で伝授したが、「手術回数を重ねるうちにみるみる上達した。乾いたスポンジが水を吸うようだった」と振り返る。

 天野氏は平成14年に実力を買われて順天堂大医学部教授に就任。18〜22年の5年間で約3000件の手術を手がけ、世界最高水準の医師が集まる米国胸部外科学会(STS)の正会員にもなった。

 医師仲間の評価は「情熱があり、粘り強い男」。須磨氏は「患者のためにいつも病院に泊まり込んでいた。情熱を持って治療に当たる医師だ」と話す。

 大学の同級生で春日部市立病院(埼玉県)の有馬健医師(54)は、在学時にテニス部に所属していた天野氏の「相手がミスをするまでいつまでもボールを返す」プレースタイルが強く印象に残っていると話す。「彼は手術が必要な患者がいたら、真夜中であろうとすべて受け入れる。テニスでのしぶとさは、患者のためできることをするという彼の姿勢に通じていると思う」と話している。

 また、心臓外科医を主人公にした映画「チーム・バチスタの栄光」やテレビドラマで医療監修・指導を手がける多才な一面もある。




★術後順調にご推移 震災追悼式、宮内庁は慎重姿勢

 心臓の冠動脈バイパス手術を受けた天皇陛下は19日朝、無事に水を口にされ、順調なご様子という。体も徐々に動かし、20日中には立ち上がられる見通し。順調なら同日昼に集中治療室(ICU)から病室に戻られる。

 東大と順天堂大の合同チームによると、陛下は21日から心機能を回復させるための本格的なリハビリを、専門家の指導を受けながら始められる。一般的には起き上がったり、座ったりする動作を確認した後、術後1週間までに病院の廊下を歩くなど、徐々に心臓に負担をかけていく。

 この期間も、手術で体内に菌が入って起きる縦隔炎(じゅうかくえん)などの感染症の懸念が残るが、国立国際医療研究センター病院の木村壯介院長は「1週間程度監視して何もなければ問題はない」。さらに、バイパス部分に問題がないかもCT(コンピューター断層撮影)検査などで同時に確認。問題がなければ、通常2週間程度で退院できる。

 駿河台日本大学病院の心臓血管外科、折目(おりめ)由紀彦部長は「退院後は日ごろの動作の息苦しさが解消され、楽に動けると感じる人が多い」という。

 手術から約3週間後にあたる3月11日に行われる政府主催の東日本大震災1年の追悼式について、宮内庁の金沢一郎皇室医務主管は「(陛下が)何とか出席をという気持ちがおありなことはよく存じている」としたうえで「(両陛下は)無理はなさらないと思う」と慎重な考えを示している。

 追悼式は1時間で、当初は陛下のお言葉も予定されていた。予定通り1週間前に退院されたとしても、切開された胸骨が完全に付くまでには、通常3カ月程度を要する。折目部長は「ご出席は十分に可能だが、肩より高く腕を上げて手を振る動作には骨の接合部に力がかかるので注意が必要」と話す。木村院長も「退院されたとしても体力はまだ落ちている。心臓に負担のかかる階段の上り下りや長時間のスピーチ・起立は避けるべきだ」としている。
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2008年12月02日

八景島シーパラダイスにサンタが登場



 神奈川県横浜市の横浜・八景島シーパラダイス(Hakkeijima Sea Paradise)で、サンタクロースの衣装を着て水槽に入り、シロイルカにえさを与える飼育員。八景島シーパラダイスでは、クリスマスシーズンの特別企画が行われている。
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2008年01月02日

【皇室】構成

皇室の構成.jpg

★皇室の構成

 ○正仁親王殿下
   正仁(まさひと)  常陸宮(ひたちのみや) 昭和天皇第2皇男子


 ○崇仁親王殿下
   崇仁(たかひと)  三笠宮(みかさのみや) 大正天皇第4皇男子


 ○ェ仁(ともひと)親王殿下
   ェ仁(ともひと)   親王            崇仁親王第1男子


 ○宜仁親王殿下
   宜仁(よしひと)  桂宮(かつらのみや)  崇仁親王第2男子


 ○憲仁親王妃久子殿下
   久子(ひさこ)   鳥取滋治郎(とっとりしげじろう)氏第1女子

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2008年01月01日

【天皇陛下】新年に当たりご感想

天皇一家.jpg★平成20年の新年に当たり天皇陛下のご感想

 昨年は石川県と新潟県に地震があり,厳しい冬を過ごす被災者の苦労が察せられます。
 大雨などの自然災害は少ない年でしたが,国民生活に不安をもたらすような社会的状況が幾つか明らかになったことは残念なことでした。
 新しい年が国民一人一人にとって幸せなものであり,世界の人々が互いに信頼し合って暮していける社会が築かれていくことを願っています。


★皇室の構成


 皇室は,天皇陛下と皇族方で構成されています。
 これらの方々は,内廷にある方々と,それ以外の宮家の皇族方とに分かれています。
 現在,内廷にある方々は,天皇陛下,皇后陛下,皇太子殿下,皇太子妃殿下,敬宮殿下の5方です。
 また,宮家の皇族方は,秋篠宮(5方),常陸宮(2方),三笠宮(2方),ェ仁(ともひと)親王(4方),桂宮(1方),高円宮(4方)の各宮家の18方です。

 なお,ご結婚により,皇族の身分を離れられた内親王は,現在5方です。


★天皇陛下の家族(写真全員)


 宮内庁が新年用に公開した天皇ご一家の写真。
 (前列左から右)雅子さま、愛子さま、皇太子さま、天皇陛下、皇后陛下、秋篠宮さま、紀子さまと膝に抱かれる悠仁さま。(後列左から右)眞子さま、佳子さま

 天皇皇后両陛下
  ○天皇陛下        明仁(あきひと)  昭和 8年12月23日生
  ○皇后陛下        美智子(みちこ)  昭和 9年10月20日生


 皇太子同妃両殿下
  ○皇太子殿下       徳仁(なるひと)  昭和35年 2月23日生
  ○皇太子妃殿下      雅子(まさこ)   昭和38年12月 9日生
  ○お子様          愛子(あいこ)   平成13年12月 1日生


 文仁親王同妃両殿下
  ○文仁親王殿下      文仁(ふみひと)  昭和40年11月30日生
  ○文仁親王妃紀子殿下 紀子(きこ)     昭和41年 9月11日生
  ○お子様          子(まこ)       平成 3年10月23日生
                 佳子(かこ)     平成 6年12月29日生
                 悠仁(ひさひと)  平成18年 9月 6日生

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