2008年05月16日

【オーラの泉】“西川きよし”(詳細版)

西川きよし

 西川きよし(にしかわ きよし)
 本 名: 西川 潔
 生年月日 : 1946年7月2日(61歳)
 出身地 : 大阪市住吉区(高知県高知市生まれ)
 血液型 : O型
 事務所 : 吉本興業

 17歳の頃、吉本新喜劇に入団。
 1966年、横山やすしさんと「やすしきよし」を結成。
 1986年、参議院議員選挙に立候補し初当選。
 2004年、政界から引退。

 妻はタレント・西川ヘレン
 愛妻家で知られており、
 子供は俳優の西川忠志(長男)と西川弘志(次男)、
 タレントの西川かの子(長女)。



★スピリチュアルチェック

 ・ちいさい頃なりたかった職業はなんですか。
  喜劇役者になりたかったです

 ・人生の転機はいつですか。
  18歳のときに吉本興業で家内に出会ったときです。

 ・毎日かかさずすることはありますか。
  毎日、朝と夜には、家の仏壇で手を合わせてご先祖様に感謝をし、横山やすしさんと
  いろんなお話しをしています。

 ・ひとつだけ願いが叶うとしたらなにをお願いしますか。
  正直、ありません。
  これ以上そんなことを思ったら贅沢や思ってます。


 伝説の名コンビ
 横山やすし、西川きよし

 1946年 高知生まれ
 17歳で吉本新喜劇に入団した西川さん。
 そこには運命の出会いが待ち受けていました。

 新喜劇のスターだった、ヘレン杉本さん、
 当時の西川さんには高値の花でした。



 国分:18歳の時に奥さんに出会ったことがひとつの転機だということですが。

 西川:出会ってなかったら、今、僕はここへ座ってなかったと思います。

 国分:今で言うと、格差婚みたいな感じだったんですかね。

 西川:えらい格差婚です。
    扱いも違いますし、本数も違いますし、収入も違います。

    収入は、家内が17〜18万取ってる頃に、
    僕は、1万7〜8千円というところでしたから。

 国分:一目ぼれだったんですか。

 西川:一目ぼれもなにも、近づけないんですんで。
    おはようございます。お先に勉強させていただきます。
    お疲れ様でした。おやすみなさい。ってこれぐらいの会話でした。

    まさか、「おいヘレン」って呼び捨てにできるとは夢にも思いませんでした。
    そのときは。


 当時、西川さんの役といえば、通行人や着ぐるみの中、
 すでにスターだったヘレンさんとの恋は、すごい話題になりました。
 しかし、社内恋愛は禁止、2人が付き合うことは許されなかったのです。



 西川:会社の方に、実は、結婚したいんですけれどって言ったら、
    周囲から、そんなことは早くから聞いてる。2人直立不動で、
    結婚したいんですけれど。っていったら、
    職場結婚はいかんからどっちかやめろ って。

    どっちかやめろ って言ってるのは、私にやめろといってるのは、
    当然わかるじゃないですか。
    でも、何くそここで負けてはいけないと思って、
    じゃあ、ヘレンがやめて僕が吉本に残させてもらいます。って言ったら、
    その頃の偉い方が、おまえあほか。何を考えてんねん。

    お前が家に帰って先に飯を炊いて、お前がヘレンの帰りを待ってたらええねん。
    吉本のためにこれだけ稼げる人間と、
    お前みたいに吉本の方が助けてやらなければいけないのはね って。

    ほおって置けば、自然とやめていくだろうと会社は思っていただろうと思います。

    でも、食っていけないですから、稼いでいかなければいけないですから、
    それはもう小さい頃から苦しいですから、
    一食や二食抜いたからってどうってことはないんですよ。


 1966年、周囲の反対を押し切って二人は結婚。
 そして、もうひとつの出会いが、お笑いの歴史に名を残す。
 『やすきよ』が生まれたのは、不思議な縁によるものでした。



 国分:やすしさんとの出会いというのは、これはどういう出会いだったんですか。

 西川:僕はお芝居が終わって、すぐにやすしさんの漫才を他の人と組んでいるときに見てました。
    そりゃー無料で見れるんですから、吉本にいたら、人はどういう風に笑うんだか方程式を考えていました。

 国分:他の人と漫才をやってたわけですね、やすしさんは。

 西川:僕で、5回目なんですよ。
    コンビ別れの名人だというのは、聞いてました。
    だから、家内と結婚する時と同じで、
    新喜劇をやめさしていただいて、横山やすしさんと漫才をやらせていただきたいんですが
    って言ったら、また会社に叱られまして、
    お前、コンビ別れの名人やというのを聞いとるやろ。
    何で、そない会社の言うこと聞かへんねん。って怒られました。

 国分:どっちがやろうと言ったんですか。

 西川:それは、京都の喫茶店で、10回近く会いまして、最初は、お断りしたんですよ。
    あんな特技はできません、
    相手がしゃべったら、すぐに返さなければいけないんですもん。
    コンマ何秒の世界ですから。
    客席では見させていただいてますが、できませんってお断りした。
    できるって、できるって。いとも簡単に言うんですあの人。
    舞台にでるやろ二人で客おるやろ、そしたら年寄りか若いか見てな、
    若い人やったら朝刊夕刊、ベストセラーや週刊誌みてたらわかるやないか、
    それをわしが言うから、それに対して返してきたら客がわっと笑うねん、
    それが漫才や。そんなんで誰が笑います? 絶対笑いません。

 国分:ちょっと無理だと。

 西川:いや、やろうと心に決めたのは、
    家内のへレンが「やってみたら」って背中をポンッて押してくれたんです。

 国分:会社から怒られたにも関わらず、奥さんの言葉があったから
    やすしさんと一緒にコンビを組もうと思ったわけですか。

 西川:はい。
    芝居がたくさんある中のひとりやから、せりふもたくさんもらえないから、
    15分20分2人が主役でね、サンパチマイクの前で2人で立てるから
    自分たちの実力、勉強次第でどうにでもなるんだからがんばって、
    そう言うんでやってみたらというんで。

 美輪:奥さんもやってみたらって、奥さんも先見の明がおありね。

 西川:今日帰ったら、もういっぺん女房に聞いてみますわ、
    なんでお前やれといったかいうのを。


 初めての漫才への不安。
 誰もが反対した、やすしさんとのコンビ結成。
 悩む西川さんの背中を押したのは、妻のヘレンさんでした。



 西川:コンビ別れの名人の意味がすぐコンビ組んでわかったんです。
    まったく稽古しない人なんです。
    必ず捕まえて稽古して、喫茶店にすぐ行くんです。
    どこかへ必ず出掛けるんです。
    2時間なら2時間ネタをあわせてから出かけて下さいっていうのを再三お願いして、
    すぐ帰ってくる言うとるやないかい。ってすぐどっかに行こうとするんですよ。
    畳の楽屋でしたけれど、やってからでした。
    とにかく、稽古しないとだめですね。
    原稿用紙400字詰め30枚ね。
    きっちり覚えるいうのは、並大抵の努力というより、
    覚えなかったら自分たちが恥をかくんですもん。


 嫌がるやすしさんを説得し稽古を続けた結果、
 『やすきよ』の人気は急上昇。
 西川きよしという相方を得て、やっと“やすし”さんの才能が認められたのです。

 1970年 やすしさんは、タクシー運転手への傷害事件を起こし、
 長期の謹慎処分を受けます。

 やはり、やすしはコントロールできない。みんなはそう思いました。
 しかし、西川さんは諦めなかったのです。

 2年の謹慎にもかかわらず、
 やすきよの漫才はさらにパワーアップして復活します。

 1997年 上方の漫才大賞を受賞。
 テレビのレギュラー番組も、週に14本の人気タレント、名実ともに漫才の頂点に立ちます。



 美輪:私は、やすしさんと週刊誌で対談したんですよね。
    そのときは、礼儀正しくてちゃんとしてたのよ。
    めちゃくちゃに見えるけれど、神経質でね。
    着るものでも、1日2回ワイシャツを着替えるなんて、言ってましたよ。

 西川:神経質で、ピシッとしてるんですよ。
    でも、誰もいなくなったときが怖いんですよ。
    いいかげんとか、突然暴力を振るうとかそういう人じゃないんですよ。
    楽しい人なんですけれど、お酒ですね。

 国分:よっぱらって現場に来たことがあるという。

 西川:それは、数え切れないぐらいあるんですね。

 国分:来なかった時もあるとか。

 西川:来なかった時も、はい。
    何のために夜中の1時も2時もまで稽古したんだと。
    朝、8時にね、結局来ないんですから。
    等身大のやすしさんの写真をもってね、1時まで稽古したやつを、
    「なあ、そうやな」とか、馬鹿みたいなことをやってましたね。

 美輪:それはそれで、面白いわね。

 西川:そうですね、それを許してもらえるキャラクターをつくったのがすごいなーと思います。

 美輪:大阪のお客さんは、人情味がおありになるからでしょう。

 西川:普通でしたら、まあ、許されないです。
    今日みたいな、始まるセットの裏に水割りのセットが置いてあるんですよ。
    「これは何」とスタッフにいったら、
    「えっ、やすし師匠に用意しとけと言われてますんで」。
    「すぐ下げてくれ」って、僕と一緒の時は絶対飲ませません。
    でも、一人で出る時はお願いするんですよね。
    ちょっと一杯飲んだほうが楽しいことを言ってくれるだろうとか、
    面白い番組になるだろうとか。
    それはさせません、ケンカしてでも。

 美輪:それは、お守りが大変だったですね。
    話しは戻りますけれどね、
    やすしさんと対談中にね、不思議なものが見えたんですよね。
    日本のある土地ですけれどね、そこへあなた行く時がないといったんですよ。
    そこへ行くとあなたね、あんまりいいことが起きないはずよって。
    そこへ時々行ってるんでしょうって。
    この間の事件もそこへ行ってから起きたんじゃないのって言ったらね。
    「そうです」って言うからね。
    そこは、昔、村上水軍の拠点地だったところで、
    あんたその村上水軍にいたんだって。
    昔の海賊よ。

 西川:やすしさん海賊でした。

 美輪:わたしが、見たのはね。
    そういう風に見えたんですよ。

 西川:だから、船にエンジンつけて走るのが。

 美輪:あなたが競艇好きなのは、そこから来てるんだわって言って。
    それで納得っていう話があったの。


 頂点を極めたやすきよの漫才。
 そこへもうすぐ転機が訪れます。

 1986年 西川さんは、参院選に立候補。
 102万票を獲得しみごとトップ当選を果たします。

 一方、一人で活躍することが多くなったやすさんは、
 飲酒運転や暴行など相変わらずトラブルが絶えず、
 そして、1996年、アルコール性肝硬変で他界。

 コンビを組んで、30年。51年の太く短い生涯でした。



 国分:改めてやすしさんとの漫才人生はどう振り返ってますか。

 西川:本当に、人生30年のお付き合いですけれど、急いでました。
    人生急いでました、本当にね人生急いでました。
    もう少しゆっくりしてたらいいのになって、
    何をそんなにいらいらしてるのかわからないんです。

 国分:でも、僕は思うんですが、コンビ別れをすることが多かったやすしさんが、
    なぜきよし師匠とはこれだけ長く続いたんだと思いますか。

 西川:それは江原さんに聞きたいなと思ってきました。


 スターの座を捨てて西川さんと結婚したヘレンさん。
 2人を結びつけたたましいのきずなとは。

 そして、西川さんしかコンビを組めなかった。
 破天荒な天才横山やすしさん。

 亡くなって12年西川さんに伝える、大切なメッセージがありました。



 江原:最初、非常にビックリしたことがありましてね。
    このお宅の中で、一番の霊能者は奥さんだったと思うんです。

    逆にお伺いしたいんですけれど、奥さんを見てると一杯、仏さんが見えるんですよ、
    仏さんの信仰か何かなさってますか?

 西川:むちゃくちゃしてますわ。

 江原:それでいてね、
    これは夢物語と思って聞いて下さい。

    前世は、尼僧さんだったというのが見えるんですよ、
    その時からもそうなんだけれど、今もそうなんだけれど、
    師匠の人生を照らしてきたのは全部奥様でね。

    事あるごとに仏様にお努めをするんですよ。
    それでいて、漫才の道へ行ったらというのも奥さんの持ってる霊的力なんですね。

    それで、この奥さんつらい思いをなさって来たといのが、
    もう私が想像が及ばない位なさってるんですけれど、
    その分、内に秘めた感とか思いが強くてね、

    これはやらせるべきだとか、
    自分が身を引いてね、ご主人を表にだすということは、
    本当に大きな愛でないとできないことだと思うんですよ。

    だってご自身が華やかだったんですから。
    でも、自分の輝きは全部きよしさんに差し上げると。

 西川:まあ、あの、聞いたら悲惨な話ですわ。


 ヘレンさんの父はアメリカ人。
 外国人のような顔立ちのため小さいころからいじめを受けたといいます。



 西川:そういう生まれ育ちですから、
    米軍のキャンプを3歳の時からタップだとか歌だとかをならってね。
    ずーっと回ってたらしいんですよ。

 美輪:進駐軍を回っていると、周りは外国人ばかりだからいじめられないですものね。
    そこはハーフの人の天国。
    今は、ハーフはかっこいいとかの代名詞でしょう。
    昔は、まったくの逆だったの、
    本当に人間よくここまで意地悪になれるぐらいの意地悪ですものね。

 西川:同じ人間なのに何でここまで人をいじめるのかな。
    俺にもっと力があったらなって思いますね。

 国分:師匠も見られてるんですか。

 西川:もう、目の前ですから、
    せめて結婚させて下さいといった時から、
    職場結婚は認めないからどっちかやめろと、
    だから勇気をもってヘレンはやめさせますといったんですよ。

    2人でクビだと思ってました。
    それぐらい腹をくくって会社に行きました。


 吉本新喜劇のスターとなってもいじめを受けていたヘレンさん。
 そんな彼女を守ってくれていたのが、西川さんだったのです。
 漫才師、政治家の妻として西川さんを支え続けたヘレンさん。
 その献身的な愛には、2人の魂の絆がありました。



 江原:これは、さっきの尼僧さんの延長なんですけれどね。
    これは本当に夢物語です。

    お2人が親子関係である時がありますね。
    で、師匠をお子さんに持っててね、亡くされてるんですよ。
    そのご供養もあって尼僧になられてるんですよね。
    それで、今の人生は夫でもあるけれど、息子でもあるような気持ち。
    だから、この息子を育てなければという一心できた。
    だから、自分自身は我慢してということは一杯あったと思うんですよ。

    私にはこんな姿が見えるんですよ、
    今はそんなことはないでしょうが、
    自分自身を切り詰めてでも師匠に恥ずかしい格好をさせないようにとか、
    そういうことをやりくしていたという最初からの姿がね、ありまして。

    これは、奥さんとしてでもわかるんですけれど、母の心ですね。

    それと、さっきから困っていることがありましてね。
    やすしさん離れてないんですよ。
    要するに、やすしさん亡くなってあの世に行くというじゃないですか。
    行ってないですね。

    なにしろ、寂しがり。
    自分でマイペースでいるわりには、一人でいられない。
    そういう方だったと思うんです。

    それでいてね、師匠がいないと生きていけないんだというんですよ。
    それでいて、師匠がいたからこれでも長生きできたと思ってると。

    だから、相当面倒をかけられたと思うんですよ。
    普通の生活をさせるために寝させるもそうだし。
    お守りする仕事が議員としての仕事のために離れなければいけなくなった。
    でも常に介護してやらなければダメな人というか。
    それは今だになんですよ。

    だから、それぞれが自立しなければいけないというかね。
    その気持ち、だから亡くなってもやすしさんなんですよ。

    だけども、ヘレンさんはやすしさんのことも供養してるんですよ。
    祈ってるの。それでもまだ、いいんだけれど。

 西川:まあ、うちの家内は何かあったらお墓に行ってます。

 江原:感じてるんだと思います。
    ヘレンさんもね、
    要するにやすしさんまだ自立できてないというのをね。
    だから、やれるうちは供養しなきゃと、あの世に行かせなきゃと、
    成仏させてやらなきゃという気持ちがあるからだと思うんです。

    お帰りになったら聞いてみて下さい。
    もしかしたら本当のことをおっしゃるかもしれない。


 亡くなってもやすしさんは、甘えん坊でさびしがりやのまま。
 今だに西川さんのそばにいるというのです。



 美輪:成仏するというのは、仏の心になるということだから、
    自分で成長していって進化させていってね。
    大人になっていかなと仏の心にはなれないじゃないですか。
    ちいさな子供のままでいることを、自己改革しなきゃいけないということなんですよ。

    それを、自己改革しないでやんちゃん坊のままでいられる甘えがあるから、
    そうすると、成仏できないんですよ。

    で、これを聞いてると思いますけれど、
    そいういうことなのよ、やすしさん。

    聞いてる? 
    だからいつまでも甘ったれてはダメですよ。
    人に迷惑をかけちゃダメ、いままで十分に迷惑をかけたんだから。
    だから、皆さんに迷惑をかけないで恩返しを今からしなきゃだめなの。
    今からは、あなた自身も頭もいいし、ちゃんとしたところもあるんだから、
    それで、人々を慰め励まし、尊い仏、菩薩になったり如来になったり、
    まだまだ、これから先いっぱいあるんだよ。

    次から、素晴らしい人になるようにこれからご修行なさい。
    そのためにあなたここに来たんでしょう。

 国分:ちょっと聞きたいんですけれど、きよしさんがやすしさんのためにできることってあるんですかね。

 江原:自立しろと言ってあげたら。

 西川:朝晩、仏壇でお話してるんですけれど、一度も言ったことがないです。

 美輪:生きているのと同じように対処なさってるから、
    だから、いつまでも居心地がよくているんですよ。甘えて。

 江原:先ほど、稽古をされるときにね言われたそういう気持ちです。
    行くことが稽古だとさせればいいんです、
    ちゃんと自立しろ、じゃないとみんな困っちゃうんだと。

 西川:そう言ってあげることだけでいいんですか。

 美輪:そうそう。
    そうすると、向こうにそういう気持ちが芽生えれば、
    すーっと天窓がひらかれるみたいになるんですよ。

 江原:きっと奥様がそういうことだけを言えばきっとわかったと言います。
    どのようにすればいいのか奥様が教えてくれると思います。


 やすしさんにこの世にいてもらいたい。
 これは西川さんに限らず、やすきよを愛した人すべての人の願いだと思います。
 そんな思いがやすしさんの成仏を妨げてるとしたら、
 少なくとも自立が大切だと美輪、江原さんが言うのです。



★ オーラの言葉 ★

  霊は人間と同じ
  怖がれば、つけ上がる。
  人間関係と同様
  毅然と接すれば良い。



☆「オーラの泉」(2008/05/10放送)で、杉本彩さんが披露した不思議な話 (続編)

 前編はこちら
   http://nikki-yasu.seesaa.net/article/96250699.html



○阿部定の霊

 阿部定さんの霊が憑依している、と江原さん。
 小柄で華奢な感じの人に見える。

 ずっと一緒にいる、離れてくれない、と杉本さん。
 映画「JOHNEN 定の愛」が公開されて、代弁者として伝えきれて、
 初めて出てくれると思っている。

 呑まれ過ぎてはいけない、と江原さん。
 このままでは女優の仕事を続けられなくなってしまう。

 20代の頃から阿部定さんのことが気になっていて、歌の歌詞を
 書いたこともある、と杉本さん。
 昔から関心が高かった。
 共感できる部分がある。

 甘やかしてはいけない、と美輪さん。
 人に頼ってくるのは、甘えているから。
 自分を救うのは自分。
 人に頼って迷惑をかけているから苦しんでいる。


○上原さくらさん

 ここで、ゲストの上原さくらさんに異変。
 気分が悪くなり、ステージから降りてしまう。
 戻られた方がいい、と江原さん。
 怯えてしまうとダメ。
 ステージに戻る上原さん。
 怖がりだから動悸が激しかった、と上原さん。

 何でも過敏になるのは良くない。
 なめられたらダメ、と美輪さん。
 甘ったれてないでどけ、と言ってやると、寄ってこない。
 怯えていると、霊は脅かしたくなる。
 むやみに恐れる必要はない。


○霊感

 今後差し支えるから封印した方がいい、と江原さん。
 このままだと、杉本さんは役者よりも霊能者になってしまう可能性がある。

 気持ちの切り替えで切り抜けられるが、一度ドアを開けてしまったので、
 修復する必要がある。
 閉じる、という意識を持つこと。
posted by yasu463 at 22:41| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(1) | 江原啓之 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2008-06-11 08:23