★ゲストは“西川きよし”さん。
1946年、高知県生まれ。
17歳で喜劇役者の道を歩み始めるが、当時の月収は2万円弱。
一方、月給20万弱はあったという当時吉本で大スターだったヘレン杉本さんと結婚。
新喜劇では職場結婚が認められていなかったため、ヘレンさんが引退し、
きよしさんが生活を背負って立つことに。
「えらい格差婚。まさか“おいヘレン!”と呼び捨てにできるとは思わなかった」と、
ヘレンさんとの出会いと結婚を振り返るきよしさん。
その後、19歳のとき、“コンビ別れの名人”の異名をとる横山やすしさんに口説かれ、
俳優から漫才の道へ。
スピード感のある絶妙の掛け合いで一気にブレイクし、漫才の各賞を受賞するが、
やすしさんが起こした傷害事件を機に活動がストップ。
「やすしきよしは終わった…」 悲観的な周囲の声をよそに
2年4カ月後には以前より格段におもしろくなった漫才で見事に復帰。
週15本のレギュラーを抱え、漫才界の頂点に。
1986年には参院選に出馬しトップ当選。公務と漫才を両立する日々が続くが、
1996年、やすしさんがアルコール性肝硬変で他界…。
「ヘレンと出会っていなかったら今の自分はない」の言葉通り、
俳優から漫才へ転進した時の決め手はヘレンさんの言葉だったと語るきよしさん。
そしてもう一つ、生を大きく左右した横山やすしさんとの出会い。
大きな転機となったそれぞれの出会いに隠された意味とは…!?
興味津々に話を聞き入るきよしさん。
そして江原が観音様の話を始めたとたん、その大きな目から突然、大粒の涙が…!
★西川きよし★
本 名: 西川 潔
事務所 : 吉本興業
出身地 : 大阪市住吉区
生年月日: 1946年7月2日(61歳)
お笑いタレント・元参議院議員・シーランド公国の伯爵。
妻はタレント・西川ヘレン。
愛妻家で知られており、子供は俳優の西川忠志(長男)と西川弘志(次男)、タレントの西川かの子(長女)。
吉本興業所属。血液型はO型。高知県高知市生まれ。
大阪市港区・住吉区育ち。三稜中学校卒業。
愛称は「きよし師匠」、「きよっさん」、または「キー坊」。
横山やすしとの漫才コンビ「やすしきよし」(略称・やすきよ)で活躍。
漫才ブームの火付け役になり、日本武道館での公演も果たした。
座右の銘は「小さな事からこつこつと」。
坂田利夫とは前座時代からの親友。
弟子にはエッセイストとしても活躍する漫才師、西川のりおとタレントの西川まさとらがいる。
吉本興業では、桂三枝、笑福亭仁鶴と共にトップに君臨する。
かつて発売された「よしもとタレント名鑑」では三枝と共にトップページに掲載された。
2006年11月22日放送のフジテレビ「ザ・ベストハウス123」の番組にてシーランド公国の正式な伯爵の位を有することになった(この爵位は、数千円相当で購入可能なものである)。
高知県で5人姉弟(姉が3人)の末っ子として生まれたが、父親が事業に手を出し失敗したことから大阪府に転居した。
家計は苦しく、10才のときから新聞配達(毎日新聞)のアルバイトをするなどして家計を支えた。
中学時代はサッカーに傾倒。
高校でもサッカー部に所属することを希望していた。
しかし、タクシー運転手だった父親が十二指腸肝炎で倒れたことから高校進学を断念しやむなく就職する。
自動車修理工を経て、17歳で喜劇俳優の石井均に入門。
1年後吉本新喜劇に研究生として入団、白木みのるの付き人も務めた。
以降端役ながら舞台に出演。
しかし、マドンナ役であったヘレン杉本との交際が発覚。
そのまま結婚し、ヘレン杉本は引退。
きよしは会社・劇団から冷遇されてしまう(当時部長だった中邨秀雄は、人気女優だったヘレン杉本と無名のきよしとの結婚に反対していた)。
低迷時代、きよし、坂田利夫はヘレンに食べさせてもらっており、3人で暮らしていた。
また、同時期に共に苦労したレツゴー三匹のじゅんとも親友として知られており、きよしは「坂田くんとじゅんちゃんは、いつも自分のことを心配してくれる大事な人」とコメントしている。
1966年劇場の出囃子の三味線を弾いていた女性の進めで横山やすし(西川と同じ高知県生まれの大阪府育ち)と漫才コンビを結成。
次第に頭角を現す。第一次演芸ブーム(1965年〜1970年)の折、東京ぼん太の後釜として起用されたフジテレビ「お茶の間寄席」司会や、朝日放送系列の全国ネット番組「てなもんや三度笠」のレギュラー出演等で東京にも進出。
1970年の暴行事件をはじめとした横山やすしの不祥事でコンビ活動自粛の際も、「素人名人会」(毎日放送テレビ)「爆笑寄席」、「ナイトパンチ」、「パンチDEデート」(以上、関西テレビ)、「仁鶴・きよしのただいま恋愛中」、「プロポーズ大作戦」(以上、朝日放送テレビ)、「料理天国」(TBS)、「スター誕生!」(日本テレビ)などテレビ司会者として活路を見いだす。(きよし本人は解散を申し出た、との話もある。どちらにしても、司会業が彼に合ったことで、やすきよ伝説は生まれている。
また、この間芽生えた桂三枝との友情は、彼のキャリアに大きく影響している)さらに漫才ブーム(1980年〜1982年ごろ)では人気が頂点に達する。
1986年、参議院議員選挙に立候補し初当選。
義母の介護経験から福祉関連に力を入れ、3期18年間に渡る議員生活を展開してきた。
二院クラブ所属だが、政治姿勢は全体的に保守系与党寄りであった。
2004年1月、同年7月の参議院選挙に立候補をせず、政界から身を引きタレントとしての活動に専念しつつ、福祉関係の仕事に従事すると発表した。
★“本当にあった不思議体験”の続編
前回のスペシャルで始まった衝撃の新企画「本当にあった不思議体験」!
神秘体験を持つ芸能人がスタジオに大集結!!
次々に驚異の不思議体験が語られる中、
突然、上原さくらさんに異変が…!
止む無くスタジオ退場した上原さんの身に一体何が起きたのか!?
そして「今も憑いている」と明かされた杉本彩さんの驚異の憑依体質。
それを見た美輪が…!!
驚きの展開となった新コーナーの待望の後半部分が明らかになる!
前回内容を確認したい方は、こちら↓
http://nikki-yasu.seesaa.net/article/96250699.html
詳細版は、こちら↓
http://nikki-yasu.seesaa.net/article/96954813.html


