2008年05月10日

【オーラの泉スペシャル】小室哲哉

○小室哲哉さんのプロフィール

 1984年 TM NETWORK(ティーエム・ネットワーク)のメンバーとしてデビュー。
 1986年 渡辺美里さんに「My Revolution」を提供。日本レコード大賞作曲賞を受賞。
 1988年 第39回NHK「紅白歌合戦」に初出場。
 1988年 アイドル歌手の大谷香奈子さんと結婚。
 1992年 大谷香奈子さんと離婚。
 2001年 「Kiss Destination」の吉田麻美さんと再婚。
 2002年 吉田麻美さんと離婚。
 2002年 「globe」のKEIKO(KCO)さんと再婚。

 生年月日 1958年(S33年)11月27日(49歳)*世田谷区三軒茶屋で生まれる。
 出身地  東京都世田谷区、千葉県柏市、東京都府中市
 血液型  O型
 星 座  射手座
 身 長  168cm
 学 歴  早稲田大学中退(早稲田実業学校高等部商業科卒業)

 小室哲哉がこれまでにプロデュースしたシングル・アルバムの総売上枚数は、約1億7000万枚に達する。
 日本の作詞家別シングル総売上枚数は阿久悠に次ぎ第2位、作曲家別シングル総売上枚数は筒美京平に次ぎ第2位を誇る。

 1996年4月15日付けのオリコンシングルチャートで、小室哲哉が作詞・作曲・プロデュースを行った楽曲が1位から5位を独占した。
 同一作家、兼、プロデューサーによる上位5曲独占は全世界音楽史上初。

  1位 安室奈美恵 / 「Don't wanna cry」
  2位 華原朋美 / 「I'm proud」
  3位 globe / 「FREEDOM」
  4位 dos / 「Baby baby baby」
  5位 trf /「Love & Peace Forever」


○スピリチュアルチェック

 ・小さい頃なりたかった職業は何ですか。
  ミュージシャン

 ・好きな言葉を教えてください。
  「いとしさと せつなさと 心強さと」

 ・何か苦手なものはありますか。
  魚介類

 ・人生で一番つらかったことはなんですか。
  家族が出来てから色々な噂、自分一人とは違うと感じました

 ・この世でなくなると困るものはなんですか。
  奥さん


○江原さん美輪さんを音楽で分析

 国分:ここに小室さんが来るとは思わなかったですけれど。

    ちょうど年末に歌番組で「僕、出たいんです」ということを言われたんですよ。
    もうそんなもんぜひ、お願いしますというお話しをしたんですけれど。
    これも、夢が叶ったというか。

 小室:そうですね。
    深夜の時からいつの間にか見ていて。

    美輪さんの声がすごいじゃないですか、
    単音じゃないっていうか、8個か10個の声が聞こえてるんですけれど。

 美輪:それはすごい感覚をもっているからでしょう。

 小室:しかもマイナーコードじゃなくて、
    メジャーコードで、だから心地よいですね。

    江原さんもそうですね。テンポあるじゃないですか。

 美輪:江戸っ子のテンポなんですよ。

 小室:ブレスとかタイミングとか綺麗にすごくリズミカルですけれど。

 国分:名前が挙がらないですけど。

 小室:もうちょっと大人になったらいいですね。

  人間の声や楽器には、音の高さを決める基音のほかに、
  倍音という高い周波数の音が含まれています。

  たとえば、同じ“ド”の音でも楽器によって違う音に聞こえるのは、
  含まれる倍音の違いが音色の違いとして聞こえるからです。

  人並みはずれた耳のよさと、音へのこだわりそれは、
  小室さんのたましいを紐解くキーワードなのです。

  そもそも、現在の奥さんのkco(ケイコ)さんを
  globeのボーカルに起用したのもはりつめた高音の美しさからでした

  そして、単に聴覚がするどいだけではなかったのです

 小室:イギリスにいて、寝てて、すごいスピードでホテルの階段を、
    パッと気がついたら大阪にいたんですよ。

    十三(じゅうそう)ってあります。
    僕は知らなかったんですけれど、その辺にいたんです。
     *十三(じゅうそう)は、大阪府大阪市淀川区にある地名。
      十三駅付近のエリアを指すこともある。
      地名の由来は諸説あるが、昔ここにあった淀川の渡しが、
      摂津国において上流から13番目だったというのが一般的。

    それでまた、バッと帰ってきたりとか、ロンドンで寝てたんですけれど。

 美輪:大阪の十三に飛んでたんですね。

 小室:高速道路の上にいたんですよ。
    危なかったですけれど。

 美輪:瞬間移動でね。

 小室:みたいなことですね。

  さらに、奥さんのkco(ケイコ)さんと出会ってから不思議なことが

 小室:家のkcoの関係の家族ですけれど、
    僕も知らない、kcoも知らない、他界されてて。

    こんな格好して、こんな人っていうのがいて、
    唯一昔の人が知ってるので確認してもらったら、
    藤色のカーディガン着てるとか。

 美輪:奥さんの周りの人のことが見えたわけですね。

 小室:はい。時々いる感じがして。
    一応、そのときの格好を言ってみた。

 国分:もう、江原さんじゃないですか。

 小室:わからないですから、まったく。

 江原:あの、いるときに追及すれば私と一緒ということなんです。
    追求なさってなかったんです。
    それで何が言いたいんですか、あなたわって、もっと追及していけば、
    こういう名前の人でこうだったとか、
    そこまでね、理由とか。

 国分:それは、小室さんがしなかったわけで、
    それを心の中で言ったら伝えてくれるわけですか。

 美輪:そうそう。

 国分:ちなみに、会話はしたことがあるんですか。

 小室:無いですね。

 美輪:なさればいいのよ。
    でも、江原さんもそうだけれど、小室さんもね、
    童心というか子供のまんまみたいな方だから、
    そういう方がそうなりやすい。
    邪心がないから。

  類まれな鋭敏な感覚で次々にヒット曲を出していった小室さん
  しかし、その裏には大きな苦労が。

  1958年 東京生まれ。
  3歳からバイオリンを習い始めた小室さんに衝撃的な出会いがありました
  1970年 万博の会場で聞いた、冨田勲のシンセサイザーミュージック
  小室さんの音楽の方向性を決める運命の出会いでした。

  家にあったエレクトーンを親に内緒で友人に売り、
  そのお金で、シンセサイザーを買い家でこっそり練習をした小室さん

  プロのミュージシャンになるため、早稲田大学を中退
  1984年 25歳で、TM NETWORKとしてデビューを果たしましたが、
  売れない日々が続きました。

 国分:まず、3歳からバイオリンを。

 小室:そうですね。
    親が反対して、すぐやめて。
    僕の家では音楽はダメだって父親が反対して。
 
 美輪:何で、音楽は絶対ダメ。
    聞くのは。

 小室:聞くのはぎりぎりですかね。
    一緒に住んでた時代もありましたけれど、 10年近くはしゃべらなかったですね。
    ちょっと芽が出てきたぐらいで、話せるようになった。

 国分:鍵盤との出会いというのは、いつ頃になるんですか。

 小室:万博の冨田勲さんのシンセサイザーの音は何だっていう、
    それで、家のものを売ったりして一台買ったんです。
    そのときで、ピアノとかはないです。

 国分:では、お父さんは反対なわけですよね、
    音楽は。

 小室:だから、部屋でヘッドホンで。

 美輪:音がもれないよに。

 小室:ええ。
    まあ、だから、ちゃんとやりだしたのはプロになってからです。

 美輪:じゃあ、ほとんど独学。

 小室:そうですね、
    ピアノの譜面読めないですね。

 美輪:今は、お読みになる。

 小室:読めないです。
    コードは読めても、おたまじゃくしでは弾けないです。

 国分:本当ですか、やった! 近い。

 美輪:そういう方の方が売れるのね。
    音楽学校出て、音楽理論でつくる人って売れないのね。
    感性の邪魔されないで、感性のままっていうのは逆によろしかったのね。


 小室さんが最初に注目されたのは、1986年に渡辺美里さんが歌った
 『マイレボリューション』のヒット

 作曲家としてまず注目され、翌年、TM NETWORKの『GET WILD』のヒットで人気グループに、その後もトップアイドルたちにヒット曲を提供し、また、自分で結成したTRFを結成し、次々にヒットを飛ばしていきます。

 CDの売り上げを合計すると、17000万枚を突破、ヒットチャート1位から5位までを独占。
 レコード大賞4年連続受賞など、音楽史上に残る記録を次々と打ち立てていきます。

 その結果、96年と97年の長者番付けでは、全国で4位という高額納税者に
 しかし、ステージ以外の小室さんは意外なほど沈んでいました。

 そんな中で、大きな転機が小室さんに訪れていました。

 1995年、後にかけがえのないパートナーとなる、KCO(ケイコ)さんと出会い、
 globeを結成、仕事の上ではまさに絶頂期を迎えていました。

 しかし、一年間に90曲、4日に1曲のペースで曲をつくり続けた小室さん、スタジオにこもる日が続き、2度の離婚を経験、プライベートの生活はないも同然でした。


 国分:こうやってみましても、すごい人生ですよね。
    長者番付4位に入ったというような。

 小室:なに一つつ実感がないですね。

 国分:結構、お金とかも使ったりとかもしたんじゃないですか。

 小室:使ったと思いますけれど、その時は、独身で守るものが無かったので、
    どうでもいいやっていう。
    どうにでもなっちゃえっていう投げやりな感じでしたね。

 国分:素朴な質問ですけれど、
    従兄弟のお年玉とか、いくらぐらいあげてたんですか。

 小室:まじめに話すと、きっと誰かがあげてたと思いますね。
    一体どのくらいが、どのこまで、オートマチックに流れていたのかわからないですね。

 国分:すごい、少なからず、僕のところまでは、来なかったですね。

 美輪:何でも殿様ね、「よきにはからえ」でおしまい。

 小室:裸の王様ですね。
    王様といわれた時点で、ちょっと違うなと思ってましたね。

 美輪:精神的には、いかがでした。

 小室:ここ何年かで、昔をみたりしているんですけれど、
    やっぱり、本当に笑ってないんですよね。

 美輪:今、お話していて、何度か笑ってらっしゃるでしょう。
    小室さんも笑うんだわと思ったの。

 江原:今と、まるでオーラが違うんですよ。
    赤なんだけれど、どす黒い赤があってね。
    多分、実行する時間がなかったんじゃないかと思う。

    自分の時間をつくることより、当時は、常に音楽をつくることしか頭に考えが無くて、
    それで、時間、時間にせっつかれて、今の方がまったく違うというのは、
    まるで穏やかな綺麗な紫がかかって、全然、別人なんですよ。

    今は、人生を見つめる時、要するに内観というのだけれど。
    そういう時間がもててるけれど、その当時は持てない。
    だから、まともに寝てもいなかったんじゃないですか、当時。

 小室:いつ寝て、いつ起きて、いつ何を食べたのかもなんか。

 江原:現実とうつつとを行ったりきたり。

 小室:そうですね。
    あと何か、消したいというのが、記憶から抹消したいというのが多いですから。

 国分:その当時、数々の賞を総なめしたんですけれど、その賞は、うれしかったですか。

 小室:いや、別に嬉しくないとは言わないですけれど、
    底に向けて頑張ったりとかではないですから。
    流れですから。
    だから、わけがわかんなかったです、ずっと。

 国分:4日に1曲という計算になるんですけれど、90曲書いていたら。

 小室:曲を作る時間以外に一日の時間はほとんどなかったですね。
    だけど、曲に対する愛情とかはあって、音楽にだけは、妥協したくなかったですね。

 江原:曲を作るというが、自分と対話していた時間ですね。

 小室:僕もしも、歌がうまかったら、歌を歌ってたと思うんですけれど、
    詩は女の人に書いてる詩が多いんですけれど、ほとんど自分の事ですね。

 江原:独り言っていうじゃないですか。
    よく自分で考えている事を、知らない間に独り言を言っている、
    だから、その独り言の究極の形で、音楽との通じていてね。

    だから、あるとき友達だったり、あるとき自分に言い聞かせていたり、
    そういう形が、逆にすごいエナジーがこもって表にでたということなんでしょうね。

 小室:理想も入れたし、夢もいれましたし。
    まずいですね。もう、完全にオーラペースになってますね。


 天才といわれた、ヒットメーカーの孤独
 女性のために作った曲でも、詩の内容は自分の気持ちだったという小室さん
 当時の気持ちを表したヒット曲もありました。
 小室さんのユニット、H Jungle With tの「ウォウ・ウォー・トゥナイト」(95年)

  ♪温泉でも行こうなんていつも話してる。
   落ち着いたら仲間で行こうなんてでも
   全然暇にならずに、時代が追いかけてくる。
   走ることから逃げたくなってる♪

 いくらヒットを飛ばし、記録を打ち立てても、も癒されないたましいの孤独が。

 それを救ったのが、現在の奥さん、KCO(ケイコ)さんだったのです。


 美輪:小室さんの人生って、こうやって今笑ってらっしゃるのが不思議なぐらいの
    ずーっと笑いのない人生なのよね。
    微笑みのない人生は、小さい頃からずーっとそうなの。

 江原:こんな事をいっては失礼だけれど、いや、本当によく生きてこられたなと。

 小室:ええ。

 美輪:普通ならどうやって笑ったらいいんだか、微笑んだらいいんだか、
    忘れるような人生でいらしたのよね。

 小室:もうだめかなと思ったことも何度も、何度もあります。

 美輪:一人ぼっちは怖いから大勢のなかにいたいのね。
    大勢の中にいたいんだけれど、コミュニケートされるとうるさいの、
    だから、大勢の中に一人でいたいの。

 小室:そうですね。

 江原:それで、コミュニケーションを望んでないわけじゃないんです。
    でも、時間が無かったりということがずーっと続いてて、
    家族とか友人とかがある意味鍵盤であったりとか、
    詩であったり、会話でね。

    今の奥さんと出会うまでね、人との会話が出来てなかったんじゃないかと、
    ごめんなさい。

 小室:なかったです。うーん。


 小室さんの孤独なたましいを癒した女性、それが今の奥さんのKCO(ケイコ)さんです。
 2人の出会いは14年前、そこでとんでもないアクシデント(客席に転落)
 アクシデントにもめげず、歌唱力を発揮し、何より、小室さんの心をとらえたのは、その歌声でした。

 天才プロデューサーをうならせた高音の輝き。
 1995年 globeのボーカルとしてデビュー。
 数々のヒット曲を世に送り出していきます。

 もちろん、当時の2人は、仕事上のパートナー。
 KCOさんは、小室さんを先生と呼んでいましたが、
 2人の関係は徐々に近づいていきました。

 そして、2002年2人は、結婚。小室さんにとってKCOさんは、人生のパートナー
 孤独なたましいを癒してくれるかけがえのない女性と出会ったのです。


 国分:この世から無くなると困るのが奥さんと。

 小室:ええ。

 国分:奥さんはどんな存在ですか。

 小室:子供ですね。

 美輪:どちらが子供ということですか。

 小室:僕ですね。

 美輪:あちらから見て小室さんが子供ということね。
    そうかもしれませんね。
    人間というものを信じられるようになったのは、初めての方じゃないですか。

 小室:はい。はじめてです。

 江原:奥様だけではなくて、奥様と向こうの家族もひっくるめての結婚という感じ。
    だから、すべてを得たんですね。
    それまで、お家も実家もあっても、常に自分と自分との対話であっただろうなと、
    新しいお家に自分と奥さんと一緒に生まれたような気分というか、
    そういうような、人生がまるで変わった。

 小室:そのとおりですね。

 江原:お父さんてこうなのか、お母さんてこうなのか、家族ってこうなのか、
    親戚、身内、ああ、こういう風な感じなのかって、
    それも、びくびくするような感じじゃなくて、スポッと入れられた感じ。
    今まで、孤独を味わってきた部分のご褒美でもあったんじゃないですか。

 国分:KCOさんのご家族の影響はありますか。

 小室:初めて、親子とか親戚とかがこういう風になりたっているんだとか、ここ何年で学びましたね。
    本当になにも知らなかったですね。
    一年での、お祭りとかお盆とか、こんなに知らなかったのかというぐらい。

 美輪:それは、現代に生きてる人は、七夕祭りいいなとかね、
    そういう情緒とかいうのが感じられるのは、現代の人は少ないんじゃない。
    現代の申し子みたいな方だから。

 江原:とにかく衣食住まったく頓着ありませんでしたでしょう。

 小室:まったくなかったですね。
    宇宙食で良いって言ってましたからね。

 江原:今は、そうじゃないですか食事をいただくというよりは、
    栄養という数字の上だけだとか。

 美輪:盛り付けの知恵みたいなものが現代は、まったくないじゃないですか。

 江原:そう。満たされればいいみたいなね。
    それが、昔は、季節を楽しんだり、美を楽しんだりとか。

 小室:初めて、正月の餅をつきましたね。
    生まれて初めて。
    おもちが出来るプロセスがそこで見えたというかね。
    切り餅しかないじゃないですか。

 江原:現代の人は、それこそお餅ができるのがわかってないかもしれません。

 美輪:畑で木になっててね、お餅の格好のままでてくると思ってるんじゃないですか。

 江原:それがわからないお子さんが多いと言いますね。
    なすがどうやってできるかわからない、
    ナスは土の中に入ってるとか、変なことを言うお子さんとかね。

 小室:餅できるとき唖然と立ち尽くしてましたからね。
    だんだん出来てるよみたいな。


 どんなに曲が売れても癒されることのなかった、たましいの孤独
 そこで、ようやくつかんだしあわせ


 江原:先ほど、ご自身がもう少し歌えればといっていたでしょう。
    これね、前の生で歌ってらっしゃったのが見える、しかも、女性でね。
    それでいて、とにかく熱心で、勉強家で一生懸命やるんだけれど、
    常にどれだけ、高い声を出せるかということを自分で訓練していて、
    そして、自在に声が使えるように、表現できるようにっていう風にやった挙句に声を壊してしまう。
    それで、歌を歌えなくなってしまうことがあったんですね。

    先ほど、女性に書く歌が多いとおっしゃっていましたけれど、
    あえて女性の声で歌う曲、それは依頼があったからとか求められたからとかじゃなく、
    歌わせるなら女性に歌わせたい、
    しかも、極力高い声で、ソプラノみたいな高い声でね。
    光のある高音そういったものを出させたいっていうことが、
    自然にわいてくるようなことはなかったですか。

 小室:うーん。決めたわけじゃないです、自然だと思います。
    いつのまにかそう思ったところがありますね。

 江原:ある意味、歌手泣かせだったんじゃなかったかと思います。
    曲的には難しくて。

 小室:うーん。そのとおりですね。

 美輪:転調の仕方があれだと歌い手も困っちゃうものね。

 小室:だから、ちょっと意地悪だったかもしれませんね。

 美輪:いや、マリア・カラスがね、
    本当は、メゾソプラノだったんだけれど、
    大体、メゾソプラノとかアルトとかは、脇役なんですよね。
    悔しいから、主役を務めようと、
    ソプラノコルラツーラっていうのがあるんですよ、一番高いの。
    ソプラノを務めようと音域を広くするんですよ。
    マリアは、それで高い音を出そうとしたんだけれど、
    ツケが回ってきて早くに声を失って、引退したんですよ。

    だから、小室さんの前世の話を聞いてて、
    ああ、カラスとおんなじなんだわと思ったんです。

 江原:そのとおりなんです。
    それは、カラスの歌だけじゃなくて、生い立ち的にも。


 20世紀最高のソプラノといわれた、『マリア・カラス』
 華やかな舞台の裏で、彼女の人生は孤独でした
 芸術家肌の母親に愛されなかった少女時代
 世界を騒がさせた大富豪オナシスとの出会いと別れ
 生涯、家族に恵まれずひっそりと他界した、伝説の歌姫なのです

 カラスのように悲しい人生を送った小室さんの前世
 そこから導かれる現在の役割がありました


 江原:実は、すごく家族思いで生きてきたんだけれど、
    なんか常に孤独になっちゃうそんなものがあって、
    それで歌で表現することでカラスは生きてて、
    どこかで歌手として成功して親から認めてもらおうというところがあって、
    まさにおっしゃったそういう前世というのがあって、
    だから今回は、自分が作りそして表現する。

    そして、この時代を象徴するところもあって、
    そいうものがあって小室さんは生まれ生きている。

    食べ物もそうじゃないですか、
    今は個食といわれるけれど、まさにそうでしょう。

    そういった意味で、小室さんが発信することは、
    たくさんの役割があるんじゃないかと思うんです。

    それでいてね、
    もうひとつに、家族から受け入れられたということに、
    奥さんのお父さんが出てこられるんです。

    そして、本当に息子さんにしてくれましたね。

 小室:はい。
    何ていうかな、逃げてばっかりいたわけなんですけれど、
    逃げたくない、そこに何とか入りたいっていうことで。

    去年、他界したんですけれど、
    最後、病院に行ったんですけれど、
    最後言葉をみんなにかけたのは、僕だったんですよ。

    このしゃべらない僕が、今までだったら一歩か二歩さがるんですが、
    なぜか先頭に立って
    「お父さんにありがとおって」って叫んでいたんですよね。

 江原:その部分は簡単でね、
    あのね、無償の愛なんですよ。

    いろんなものを逃げてきたのも無償の愛じゃなかったんですよ。
    人間関係で、いろいろな代償を求められてきたんだけれど、
    そこには無償の愛があったんですね。

    小室さんが何であろうとよかったんですよ、
    そこには、一人の息子としてね。
    男としての付き合いもあるし。

 小室:そういう人でしたね。

 美輪:何か、お父さんからプレゼントみたいなものをおもらいになった。

 江原:無理やり食べさせられたというのが大きなプレゼントでしょうね。

 小室:おお、すごいですね。

 江原:食べろ、食べろ、食べろ、そんなんじゃ病気になるだろう、
    そんなんじゃ、力でないだろうとか。

 小室:日々、そうだったですね。

 江原:「苦痛だったろう」っていってます。

 小室:あーっ。
    ちょっと、そういうところはありましたけれどね。

    魚介類が、ふぐを何とか食べさせたかったんでしょうね。
    あの、最終的にそうめんにしてくれたんですよ。
    寒天みたいにしてつゆをつけて、
    「これなら食べられるだろう」って。
    食べたら、まあおいしかった。
    そっからが始まりでした、卵やなにやら。

 江原:まともに米も食べられなかったって言うんですもの。

 美輪:それが、形見。

 小室:印象といえば、それですね。

 美輪:何よりのプレゼントじゃないですかね。


 体の弱い小室さんを気遣ってくれたのです。


 江原:亡くなられたというか、本人はその亡くなり方をすごく気に入っていてね、
    自分が望んでいたいさぎよく散るみたいなね。

 小室:そうだということになってますね。
    意見が一致しています。

 江原:ご本人は望みがかなった、でも周りは、早すぎる早すぎるっていう。
    でもね、これは全部お膳立てして去るよりもね、
    あるところで、パッと渡した方がいいんだと、
    それで、後に苦労があった方が、自分のものになるんだと。

    出来上がったところにあれしたら、自分のものにならないと、
    自分自身満足、悔やむこともない。

    今まで、みんなにぶつかっていった、
    ぶつかって愛情を確かめるタイプだから。
    今で言う、うざいと思う人は、うざいと思ったかもしれない。

 小室:最初からもう、
    でも、初めてだったんです、そういう人。

 江原:不思議なもので、いろいろな旅の中で、
    たましいの旅の中で、
    そして今で、いろいろな苦労があったでしょうが、
    その中で普通はたどり着けない、
    無償の愛にたどり着いたんですね。

    だから、世間一般からすると音楽活動の方が、
    誰にでもなれるもんじゃない、
    一握りの中のその頂点ですが、そうじゃない。
    小室さんにしてみれば自動的になった。
    でも、家族の愛情をもらう方が、えらく時間がかかられているんです。

 美輪:やっと得るために生まれてきたんです。
    それが、やっと得られて、
    無償の愛というのは、お若いのでおわかりにならないでしょうが、
    何にもみかえりを要求しないこと。

    蹴られても何されても、それでも愛し続けるの、
    お父さんはそういう方だったのね。

 江原:愛の賛歌の世界ですね。


 さびしいたましいを癒してくれた最高の家族との出会い。
 生まれ変わった小室さんに新たな役割がありました。


 江原:あの、一言で言うとね、
    今は、あせるなということです。
    あせるなということは、本当の自分でいこうと思っているのはいいんだけれど、
    それにも時期があるというんです。

    自然と道は開けてくるからね、泰然自若としてね、
    日が上がってきたな、朝になってきたなというのを待ってればいいと。

    その時は、何かをしてなくても行かなくちゃいけない時なんだという時があって、
    ずっとこれからまた、新たな小室さんの時代がやって来るというかね、
    本当にこれをしたかったんだということが、
    形としてあらわれるときを迎えます。

    けれども、急がないようにと。
    お父さんも仲介はしてくれているんだけれど、
    実はね、小室さんのお爺さんなんですよ。
    でも小室さんとはあんまり接することはなかったって。

 小室:記憶にちょっとぐらいあるぐらいですね。

 江原:そうなんだけれど、
    内面的には、すごく似てる人なんですよ。
    そのおじいさんもすごく喜んでいる。
    なぜかというと、
    そのお爺さんさんも家系的には、ちょっと寂しいんですよ、
    みんながばらばらっとなっちゃって。
    だから、この世をさびしく終わっちゃったんですよ。
    だから、今の小室さんの状況をすごく喜んでいるの。

    心からこれで良かったということをおっしゃっていて、
    その方の教訓もそうだし、前世からのこともあって、
    焦らないように、急がないようにというようなね。

    この世的なことをいうと、
    後、2〜3年後には新しいことがさーっと膨らんでいってね、
    道が広がっていきますよというのね。

    もう一つ言っていいですか?
    移住です。

 小室:移住ですか、思ってましたけれどね。

 美輪:いずれね、この方(江原)もおんなじことをね。
    だから笑ってらしたのね。

 小室:江原さんは、移住しちゃいけないんですか?

 美輪:そうそう、日本での役目がたくさんあるから、そう。

 江原:出国禁止ですから。

 美輪:おんなじなんですよ。

 国分:じゃあ今日でその考えはやめてもらって。

 美輪:やらなきゃいけないことが、日本でね、一杯出てきますしね、
    それがちょっと大変なお仕事でね、
    まず、日本から発信すればいいんです。そう。

 国分:江原さんからあせるなということがあったんですが、
    そんなことがあったんですか。

 江原:あせるなというより、急ぐなかもしれません。

 小室:そうですね、
    ネットとかで、スピードがより速くなっちゃてるから、
    急がなくちゃいけないですか、
    だから、そのスピードにあわせると急がなきゃいけなくなっちゃうっていうのはありますね。
    でも、本当はもっとゆっくりやりたいというのはありますね。

 美輪:というのはね、
    原点を見つめなおせということなのかもしれないんです。
    原点なんでした。
    冨田勲でしょう。そこなんです。

 小室:はい、はい。
    いまちょっと、悪寒が走りましたけれど、
    すごくよくわかります。
    わかっちゃいました。

 江原:小室さんは、現代の象徴みたいなものでね。
    いみじくも、本人もおっしゃってましたけれど、
    今は早いからそれにあわせなくちゃいけないと思って原点が見えなくなっちゃった。
    これはね、現代人がみんな共通することだと思うんですよ。

 美輪:基本建築、土台があればね、怖いものなどありはしませんよ。
    冨田勲さんなんかは、世界に誇れる素晴らしい音楽家だし、
    だからそれを分解しちゃって、租借して食べて、
    細胞にするの、するとより本格的なものができるじゃないですか。


 1970年、万博で出会った冨田勲さんの音楽、
 日本で初めて、クラシック音楽にシンセサイザーを導入した
 神秘的で幻想的な音楽は、世界中で絶賛されました。

 小室さんの音楽原点ともいえる冨田勲さんの音楽が、
 今、再び将来のヒントになるというのです。
 それは、小室さんにとっては、決して意外なことではなかったのです。


 小室:今、設計図的なものがふわーっと出てたところだったんですよ。
    今、そこまで出来てないんですけれど。
    なんの設計図なんだろっていうの。
    わかんなかったんです。

 美輪:だから今まで聞いたことの無いような、
    ロックなんだかシンフォニーだか
    わかんないようなものが頭の中で聞こえてくる。でしょう。

    だから、それをお作りになってるのが聞こえてるわけよ。
    原点はなにかといったら、そこは冨田勲から始まっているのよ。

 小室:冨田さんのは、日本を彩る音だったんで、
    どうだ、日本の音は、って事でしたからね。


 美輪さんと江原さんに聞こえたという小室さんの未来の作品
 それは、電子音楽でロックとクラシックを融合した壮大なシンフォニー
 小室さんが世界に発信する日本の音なのです。


★スピリチュアル・メッセージ

  “普通の幸せを得るまでに

   長く辛い道を歩まれた小室さん。

   新しい家族を得て生まれ変わった今

   急がず、あせらず、

   2〜3年のうちに、新しい道が開けます”


★オーラの言葉

  “私に無償の愛を教えてくれたのは

   私を愛してくれた人たちでした

   彼らがいたから私は信じられます

   絶対的な愛、絶えることのない愛

   そんな無償の愛が、

   この世に存在するのだと”



★“オーラな出来事” 「12時間 心臓が止まった男」

 2007年8月、韓国で医学的にはあり得ない不思議な出来事が起きた。

 記録によると、約12時間心臓が止まっていた男性が奇跡的な生還を果たし、脳への障害も無かった。

 また、彼は死の淵をさまよっている間、不思議な体験をした。

 韓国益山(イクサン)市に住むその男性は、韓国を代表する文化人。

 画家のイさんだった。

 1977年に人間国宝にも認定された芸術家であり、南大門の丹青もイさんの筆によるもの。

 イさんは、1993年2月、結婚式に出席するために済州島へ行った時、気分が悪くなり、心臓発作が起きた。

 すぐに救急車で運ばれたが、病院到着前に心臓が停止。

 心臓マッサージや電気ショックを行ったが、心臓は動かなかった。

 通常、心臓停止から10分以上経過すると、蘇生しても脳や体に何らかの障害が出る。

 当時の診断書によると、急性心筋梗塞による心臓停止、と記入されている。


 イさんはその時、不思議な夢を見ている。

 とても暗い場所にいて、前に進むと明るい光りが見えてきた。

 光を抜けると両側に花がたくさん咲いていて、川が流れていた。

 川の向こうでは、人々が記念写真を撮っていて、手招きしながら「早く渡っておいで」と呼んでいた。

 「家族がまだ来ていないから、まだ行けない」と拒否すると、その中の1人がテコンドーのような格好で近づいてきた。

 イさんはその人に胸を蹴られ、その場で倒れこんだ。

 その後、知らない子供がいきなり現れて、起こそうとしていた。

 子供は「死神はもういないから安心していいよ」と言い、目を開けると、誰もいなくなっていた。

 その頃、病院では再度、心臓に電気ショックを与えていた。

 すると、心臓が動き出した。

 イさんが目を開けると、病院で医者が頬を叩いていた。

 12時間も死んでいた、と後で聞かされ、本当に驚いた。

 現在は、脳に障害も無く、元気に生きているのは奇跡としか言いようがない。


 ●江原啓之さんの見解●

 臨死体験は、東西問わずに同じような光景になる。

 暗闇とお花畑と川はセットになっている。

 川はこの世とあの世の境とされているので、その認識がそう見せているという説もあるが、

 実際にあの世の景色はそうであると言われている。

 このような出来事が起きたのは、一種のお役目。

 異例な出来事がある事で、今までの常識を過信してはいけない、人間の未知なる力を教えている。

 人間国宝のような方だから、それだけの影響力がある。

 テコンドーの人が出てきたのは、あの世の景色と幻覚が混ざり合っていたから。

 電気ショックが蹴られたイメージとして現れ、医者からの掛け声が子供の映像として現れた。



★高嶋政宏さんの不思議な話

○闇のアメーバ

  寝室で奥さんのシルビアさんが先に寝ていて、後から廊下の電気をつけて寝室に入っ
 たら、寝ている奥さんの上に闇よりもさらに一段黒い闇のアメーバのようなものが覆っ
 ていた。

  何か連れてきたのかな、と思ったが、眠いのでそのまま寝てしまった。
  ふと目が覚めたら、横に闇のアメーバがいた。

 江原:連れて来たのだと思う。
    黒い闇の正体は、嫉妬や悪意などの人の念。
    1日で終わるものもあれば、引きずるものもある。
    現世では一所懸命正しく生きようと思っても、念をかったりしてしまう。

    対処法は、入浴が良い。
    霊的なものに関わると、風呂に入りたくなくなる。

 美輪:魔物は汚れと臭い匂いが大好き。

 江原:毛穴を広げることが大事。
    汚れたエネルギー(エクトプラズム)が出て行く。
    日本人が温泉好きなのは、悪いエネルギーを出したいから。


○高速道路の黒い影

  舞台の稽古が終わり、午後4時頃に高速道路を銀座・六本木方面へ走っていたら、車が
 混んできたのでゆっくり走っていた。

  突然、目の前に黒い人影(おじさん)が左右を確認しながら、横切った。
  黒い影は鉛筆で描いたように波打っていた。

  車が止まった瞬間にパトカーと救急車が来て、その場所で交通事故が起きていた。
  黒い影は交通事故で亡くなった人だと思う>

 江原:よくあること。
    人が亡くなって肉体から抜けると動揺がある。
    家に帰らなくちゃ、という思いがあったはず。
    亡くなった直後に自分の死を自覚できず、さまよっていた。


○盛り場

  寝ている時、けばけばしい太った女性の霊が横にいた。
  飲み屋に行った時に連れて来たと思って、無視していた。
  明け方に奥さんを見たら、の上に覆い被さっていた。

 江原:酒好きは亡くなっても、盛り場に行く。

 美輪:何で飲み屋さんに多いんだろう。


★ほしのあきの不思議な話

○深夜の体験

  友達の家に止まりに行った時、二人で寝ていたら夜中に友達がトイレに行った。
  トイレに行ったと思い、寝返りをうった瞬間に、なぜかその子とぶつかり、その子が横で寝ていた。
  確実にドアを開けて出て行ったのは見ている。
  でも、横にその子が寝ていたのでパニックになった。
  朝、その友達に聞いたら「うちはよく出るよ」と言われた。
  初めての霊体験だったので考えられない。

 江原:いちゃいけません。
    この世は自分たちだけのものだ、という思いからそうなる。
    霊から見れば、何で人間がいるんだ、という感じ。

    地鎮祭はお祓いではなく、共存共栄のお願いをするもの。
    土地に宿る自然霊に、一緒に繁栄させてください、という儀礼。
    引越しの時の近所への挨拶と同じ。
    この世は生きている人間だけのものではない。


○こっくりさん

  高校生の頃、こっくりさんをしていた。
  授業中にみんなでやっていたら、突然質問と全く違う答えが出てきた。
  10円玉が勝手に動き出し、一人の女の子が手を離したら、机から10円玉が飛んでいってしまった。
  その瞬間、友達の一人が白目をむいて泣き出した。
  声をかけても何も答えず、「ママがいない」と言い出して、子供みたいになってしまった。
  友達のおばあちゃん(霊媒師)に電話をしたら、窓を全部開けて、背中を叩いて「出てけ」と
  言いなさい、と言われた。
  何度かやっていたら、意識を取り戻した。

  友達は泣いている間、意識はあって質問は聞こえるけど、体が動かなかった、と言った。
  出た瞬間に体が軽くなった。

 美輪:こっくりさんは狐の霊ではない。

 江原:人霊(子供の未浄化霊)が入ってしまった。
    背中を叩くのは、首の付け根に霊の入口があるから。(悪寒)

    こっくりさんをやるのは一番いけない。
    禁止している学校もある。

 美輪:低級な霊を呼ぶと帰らない。

 江原:呼んだから来た。


★上原さくらの不思議な話

○小さな剣

  高校生の頃、放課後、授業が終わって友達を待っていたら、ふと手に違和感を感じた。
  手を開いて見たら、小さなおもちゃの剣が入っていた。
  女子高なのでそういった物があるはずなかった。
  怖くなって周りの友達に聞いたが、誰も知らなかった。
  誰も信じてくれなかった。

 江原:特殊な物品引き寄せの超能力。
    一般の人にも理解していないだけで、起こる可能性はある。
    あるはずの物が急になくなったり、探している物が急に見つかったり、という経験。
    多くの人は物忘れとして考えている。

    上原さんの場合は、ネガティブな思いが一つの念となって現れた。
    剣はテレポーテーションしているので、どこかの何かが無くなっているはず。

 上原:その時は、友達もいなく寂しい気持ちと、誤解されて悔しい気持ちがあった。

 美輪:自分が強くあるために、剣を持って戦おうという気持ち。


★金子貴俊の不思議な話

○鹿児島県・霧島神宮

  人には自分を守る神様がいる場所がある、と言われ、その場所を探していた。
  ある人から「高千穂の峰に登ったほうがいいよ」と言われた。
  鹿児島県霧島市の霧島神宮がある山。

  実際に行ってみたら、大雨で1メートル先は霧で見えない状態。
  山の麓では「登れない」とスタッフに止められていた。

  登りたい気持ちが強く「あそこが頂上じゃないか」と金子さんが指を差した瞬間に、
  モーセの十戒のように雲が割れて晴天になり、頂上が見えた。
  頂上まで登って降りたら、雲がまた元に戻った。

 美輪:神様に呼ばれていたというのはある。
    私なんかは何度もある。


○パワースポット

  それ以来パワースポットにハマってしまい、今年の初詣は伊勢神宮に行った。
  参道を歩いていたら、耳元で「ズバババババ」と音がした。
  驚いて見たら、黒い馬の影が走って行った。
  緒に行った人に聞いたら、誰も何も見ていなかった。

  伊勢神宮のことを調べたら、神馬(しんめ)という神社が飼育する神様が乗る馬のことを知った。
  しかし、神馬は白い馬だった。

 江原:黒く見えただけで、実際は黒かは分からない。

 美輪:純粋で常にピュアな性格なので、神様や高級霊から好かれることは確か。


○父親

 江原:親の遺志を継いで、気持ちをそこに繋げておくことが重要。
    (金子さんの父親は、2001年に他界している)

  最近、へこたれるようになってしまったところがあり、亡き父への意識が遠のいている。
  以前は、父親の苦労と比べて自分の苦労は何でもない、という意志があった。
  最近は自分だけを見るようにになっているので、弱さが出ている。


★杉本彩の不思議な話

○JOHNEN 定の愛

  霊媒体質で、今までに色々な体験をしてきたが、これほど異常な体験をしたのはこれが初めてだった。

  映画「JOHNEN 定の愛」の撮影(2007年12月頃)で、東京都慰霊堂にお参りに行くシーンを撮影した。
  中へ入って最前列に歩いて行ったら、空気が違い、胸が押し付けられて、頭が割れそうになり、
  誰か分からない人の悲しみが湧いてきて、涙が溢れて、息が苦しくなった。
  憑依されていると思い、慌ててその場を離れて呼吸を整えた。

  次のロケ現場の控え室に入ると、すごい悪寒がするので、霊能者の先生に電話して、電話を切った直後、
  未成仏霊が溢れるように出てきた。
  またすぐに霊能者に電話をして、状況を説明した。
  霊能者は、熊本から飛行機で飛んで来てくれた。
  浄霊をしたら、阿部定さん(映画の主人公)の霊がいた。

  阿部定さんの霊は、愛について、杉本彩さんの体を通して話した。
  役作りをしていて、下町の粋なお姉さん、という解釈だったが、本当は、無邪気でけなげで純粋で可愛
  い人、ということを体感して理解できた。
  その日を境に、役の演じ方が変わった。


○憑依

 江原:今も阿部定さんが憑依している。
    理解して欲しい、という思いがある。

  ここで、ゲストの上原さくらさんに異変。
  何かを唱える美輪さん。
  続きは来週へ。


 来週版はこちら↓
   http://nikki-yasu.seesaa.net/article/96252517.html

posted by yasu463 at 13:10| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(1) | 江原啓之 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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