ドキュメンタリー番組「ヤンキー母校に帰る」や同名のドラマで一躍時の人となった義家さんだが「…いつもは”負けないぞ!”って踏ん張ってる感じですが、今日は本当に久しぶりにピュアな心で…ちょっとドキドキしてます。」と、いつになく緊張した面持ちで登場。
そして自身が歩んできた、激動の半生を静かに、語り始めた…
生後間もなく両親が離婚。
新しい環境・新しい家族との確執に悩みながら育った少年時代。そして… 暴力という力に目覚め、ヤンキーの道へ。
悪さに明け暮れ、高校から退学処分を受けてしまう。
家からも絶縁され、行き場を失った義家さんが辿り着いたのは北海道にある北星学園余市高校。
そこは全国から高校中退者を受け入れる、義家さんに最後に残された場所だった。
紆余曲折を繰り返しながらも、様々なことを学び、大学へと進学した義家さん。
「”絶対に天下をとってやる!”これがあの頃の口癖だった。」
社会に対する反抗心を剥き出しに、ギラついた野心で司法試験を目指していた大学時代。
その時、大きな悲劇が義家さんを襲った…
オートバイの事故を起こし、内臓破裂で生死の境を彷徨うことになってしまう。
「…激痛で気を失って、激痛で目を覚ます。で、血をひたすら吐き続ける。ずっと”殺してくれ!”って叫んでた。」
当時の壮絶な様子を語る義家さん。
しかし、それは苦しみだけでなく、大きな人生の転機へとつながっていく。
「…はじめて人の温かさを感じた。本当に心のそこから生きたい。この人の歩いてきた教育の道を歩きたい、と思ったんです。」
入院中に、駆けつけてくれた恩師からの一言…
その後、念願通り教師となり、指導者として自身が育った北星学園へと戻った義家さん。
「うまく行かないことばかりでしたね…でも、逃げないことが教育なんじゃないかと。」
生徒と同じ目線に立ち、正面から向き合う教育者としての熱い志を語るヤンキー先生。
その義家さんが今回、一番聞きたいのが、「…窮地に陥ると必ず誰かが助けてくれる。誰に守られてるのか…それが知りたい。」
不遇な境遇からの自立…死の淵からの生還… 義家さんを守る不思議な力とは…?
そして「…すごい所に来てしまったな、と。 国会の様子はまるで学級崩壊のようだった。」
今は国会議員となり、日本の教育改革の最前線に身を置くという新たな試練へと進み始めた義家さん。
その義家さんが、なぜ今回「オーラの泉」に招かれたのか!?
そこには大きな理由が…!!
校内暴力…いじめ…
全ての悩める少年少女に義家さんから勇気のメッセージが届けられる!
義家 弘介(ヨシイエ ヒロユキ)
プロフィール
1971年3月31日(36歳)
出生地 長野県長野市
出身校 明治学院大学法学部卒業
O 型 牡羊座
参議院議員(自民党)、東北福祉大学特任准教授
■1971 年3月31日 3月31日長野県長野市に生まれる。
■1987 年 高校2年の春、暴力事件を起こし、放校処分を受ける。同時に親からも絶縁され、児童相談所を経由し里親の元へ引き取られる。
■1988 年 廃校の危機を迎えた北星学園余市高等学校が、全国から中退者を受け入れるという新聞記事がきっかけとなり、傷心の思いをひきずりながら、同校の門を叩き編入。
■1990 年 明治学院大学法学部入学。
■1993 年 大学四年の秋、オートバイで交通事故を起こし、内臓破裂で生死をさまようが、高校の恩師、安達先生が駆けつけ、手を握り締め励まし続け、奇跡的に命を取り留める。意識を取り戻した後は、自らの考え方・生き方を変え、教師になる決心をする。
■1999 年 採用試験に合格し、母校の教師になる。
■2001 年9月 同校、大麻事件で大量逮捕者を出し、学校存続の危機に陥る。
■2003 年4月 北星学園余市高等学校の過去15年間のドキュメンタリー番組『ヤンキー母校へ帰る〜超不良が母校の熱血教師に!日本一泣ける卒業式まで・・・』が放映される。
■2003 年10月 TBS系列ドラマ『ヤンキー母校に帰る』(竹之内豊主演)が放映され、話題を集める。
■2005 年3月末日 母校北星学園余市高等学校を退職。
■2005 年4月 横浜市教育委員会教育委員に就任。
■2006 年4月 東北福祉大学特任講師に就任。4月〜12月、警察庁「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」研究員に就任。
■2006 年10月 内閣官房「教育再生会議担当室」室長に就任。
■2007 年4月 東北福祉大学特任准教授に就任。
■2007 年6月 『教育再生』を提言から実現のために、参議院選挙立候補を決意。内閣官房教育再生会議担当室室長と横浜市教育委員会教育委員を辞任。7月29日、参議院選挙当選。『教育再生』実現への新たなスタートをきる
《参議院議員》
○参議院所属委員会 (順不同)
文教科学委員会
議員運営委員会
沖縄及び北方問題に関する特別委員会
○党役職 (順不同)
広報本部文化スポーツ次長
青年局次長
青年局学生部副部長
豊島区顧問
無所属の会青年局次長
学校マネジメントに関する小委員会 事務局次長
頑張る学校応援団 幹事
《新聞連載》
産経新聞 首都圏版
《雑誌連載》
集英社LEE『読者のお悩み相談室』
角川春樹事務所・Popteen 『POP&義家先生のお悩み相談BOX』
リラク月刊情報誌・美楽 『教育乃学』
月刊アミューズメントプレスジャパン『ヤンキー母国を憂う』
《ラジオ》
ニッポン放送系列 『義家弘介の夢は逃げていかない』 (毎週日曜24:00〜25:00 生放送)
メイン・パーソナリティ
エフエム横浜 『Y-Y-Y』 (毎週金曜25:00〜27:00 生放送)
メイン・パーソナリティ
《著書紹介》
「不良少年の夢」(光文社)
「ヤンキー母校に生きる」(文芸春秋)
「まんが熱血!ヤンキー先生 母校と泣いた日」(ぶんか社)
「ヤンキー先生のたからもの 天使の詩」(光文社)
「ヤンボコ 俺が北星余市を去るまで」(文芸春秋)
「君はひとりじゃない ヤンキー先生の直球メッセージ」(大和出版)
「私の夢 俺の希望」(PHP研究所)
「子どもが見えない」(ポプラ社)
「ヤンキー先生の教育改革 すべては子どもたちのために」(幻冬舎)
「不良少年の夢 ヤンキー先生の熱き挑戦」 (光文社)
「生きる」 (スターツ出版)
「いま、暗闇でふるえているきみへ」 (光文社)
「ヤンキー先生の子供がわからない親たちへ」 (祥伝社)
「人生の黒板」 (アスキー)
オーラの泉『義家弘介』(詳細版)は、下記に掲載しました。
http://nikki-yasu.seesaa.net/article/81152239.html


