それが私と礼文島(れぶんとう)との強いつながりになる始まりだったのです。
上野駅から寝台列車に初めて乗り、青森、青函連絡船、函館、札幌、稚内、礼文島と順調な旅でありました。
しかし、稚内から礼文島に向かう船では、霧が深くその霧が友達の体温を奪っていたのでした。
その為、香深、桃岩等の観光が終わり、船泊ユースホステルにつく頃には、彼は熱を出し始めて風邪をひいてしまいました。
翌日には、稚内に戻る予定でありましたが、彼の熱がどんどん上がっていた事からあきらめ治療に専念することになりました。
翌日も熱が下がらない為、病院に行き注射を打ち、薬をもらいどうにか元気を取り戻しつつありました。
そんなこんなで1泊であった礼文島が、3泊となりました。
友達は、すっかり元気になり、たまたま同じ高校の友達が船泊YHに来ていたことから、旅行を中断し一緒に東京に帰ることになりました。
私は、この礼文島の素晴らしさを知りつつあった事から、このまま礼文島に残り、結局、この船泊YHに18泊したのでした。
旅行者が多い時は、食堂で寝たり、YHから見る夕日の素晴らしさ、ウニ取りも楽しく、礼文飛行場建築前の測量の為の草むしりのアルバイトもやりました。
そんな中、ハイキングの8時間コースというものがあるのですが、これまでの記録は4時間20分位だったと思うのですが、私は体力に任せ初挑戦ながら2時間58分で走破しました。
前日、コースを良く知っている方から詳細なアドバイスを聞きました。一度も歩いた事もないところを全て走ろうと思っていたのですから、若いって本当に素晴らしいです。本当に良い思いでです。
その後、会社に入り、3年目の頃でしょうか。
また、礼文島10泊の旅に一人で向かいました。
この時はさすがに往復飛行機でしたが、写真を見るとその時の思い出が蘇ります。
いつかまた礼文島に行きたいものです。


