2013年10月31日

巨人V9「打撃の神様」川上哲治氏が死去

 プロ野球往年の強打者として「打撃の神様」の異名を取り、監督としても巨人をV9の黄金期に導いた元巨人監督の川上哲治(かわかみ・てつはる)氏が28日、老衰のため東京都稲城市の病院で死去した。93歳。熊本県出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。お別れの会が後日行われる予定。

 家族によると、春先まで元気に過ごしていたが、自宅で転倒し肋骨(ろつこつ)を折ったことが引き金となって持病の心臓病が悪化。一時はリハビリをするところまで回復したが、その後、老衰の状態が進んだという。

 昭和13年、熊本工業学校(現熊本工高)から巨人に入り「弾丸ライナー」で戦前、戦後を通じて打撃の第一人者として活躍。終戦直後は「赤バット」を使用してプロ野球人気をもり立てた。背番号16は巨人の永久欠番。33年に引退するまで首位打者に5回、最多安打に6回、打点王に3回、本塁打王に2回。通算2千安打を最初に達成したほか、最高殊勲選手(現最優秀選手=MVP)に3回選ばれた。通算成績は1979試合に出場し、2351安打、打率3割1分3厘、181本塁打、1319打点を記録した。

 36年に巨人監督に就任し、セ・リーグを11回制し、いずれも日本シリーズ優勝を果たした。長嶋茂雄、王貞治らを擁して40年からは9年連続日本一の偉業を達成し、49年に退いた。監督時代の40年に野球殿堂入りし、監督通算1066勝739敗61分け。巨人退団後は野球解説者の傍ら少年野球教室を開いて、普及にも努めた。

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2013年10月26日

【みのもんた】降板会見(全記録)

(1)「世間を騒がせ、申し訳ない」
   「なんであのバカ息子が」
   [みのさん降板会見ライブ]


 タレントのみのもんたさん(69)は26日午後、都内で記者会見を開き、司会を務めていたTBS系情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」「みのもんたのサタデーずばッと」の降板理由などを改めて説明した。次男が窃盗容疑で逮捕されたみのさん。親は成人した子供の責任をどこまで取るべきか−。みのさんは沈痛な表情で決断の理由を語った。会見の詳報は以下の通り。

 〈午後4時過ぎに会見は始まった。会場に集まった報道関係者は200人以上。みのさんは濃い紺色のスーツ姿で登場。カメラの激しいフラッシュを浴びながら、みのさんは報道陣に向かって20秒近く頭を下げ、緊張した表情で口を開いた〉

 「まず、私のことで、たいへん世間をお騒がせしまして、誠に申し訳ございません」

 〈再び頭を下げるみのさん。うつむきがちに、一言一言を区切りながら言葉を続けた〉

 「私の次男が窃盗未遂ということで警察の取り調べを受け、いろいろな分野の方から取材を申し込まれました。ことがことだけに、最終的な結論が出てからお話しをした方がいいのではないかということで、私個人の思いで、あらゆる取材にお断りをいれてまいりました。その間、約2カ月、刑事事件ということで、番組への報道番組への出演を自粛という形を取らせていただきました。私の気持ちの中で、何でこんなことが起きたのか、なかなか整理がつきませんでした。30歳を過ぎた、家庭を持った、仕事を持った社会人であるわが子。『何で』という気持ちが大変強うございました。しかし2週間、3週間、4週間たつうちに、私の気持ちの中に、少しずつではありますが、思いの変化が出てまいりました」

 〈みのさんは沈黙を挟みつつ、これまでの経緯と心境の変化を振り返っていく〉

 「自宅に引きこもりのような状態のなかで、いろいろ考え、時間の許すままに書斎や本棚の整理をしてみたり、無為な時間を過ごす日々でございました。そのなかで、『なんであのバカ息子が』『いったい俺はどうすればいいんだ』という迷いも生じて参りました。捜査の一定の結末が出るまでという、そういう思いで過ごして参りましたが、女房と(次男を)懸命に育ててきて、社会に送り出したはずなのに、何かが狂っていた。どこかがおかしかった。そんな思いが強くなりました。確かにあの子は私の子です。しかし、成人して大人になって社会人になって家庭を持ったはずなのにこんなことをしでかす。どこか子育ての中で、何か間違っていたんじゃないのか。不完全な形で世の中に送り出してしまったのか。だとしたら、父親としての責任があるなと、思いいたりました。親子の縁は切らない。間違いなく我が子だ。どこかが狂って社会に送り出したのだ。その責任は、父親である私にあります。申し訳ありません」

(2)「自分にとって一番つらい道を選んだ」
   「この問題を議論してほしい」
   [みのさん降板会見ライブ]


 〈みのさんは厳しい表情を浮かべたまま、次男の現状に思いをはせていった〉

 「彼(次男)は職を失い、厳しい社会の批判にさらされ、苦しい日々を送っていることと思います。多くのものを彼は失いました。苦しんでいると思います。親としての責任を感じたとき、私はどうやってその親の責任を取るべきなのか、必死に考えました。ことが一段落するまで、あらゆる一切の取材に応えず、沈黙を通し、『なんで』『なぜ黙っている』−いろんな思いが私のところに届くようになりました。私も苦しみました」

 〈みのさんは番組の降板理由に言及していく〉

 「私にとって自分では天職と思っていたしゃべる世界、それも報道に関する番組の司会進行、ときには言いたいことをいい、ときには斬るべきところを斬り、『よし』『だめ』を自分なりの流儀で進めて参りました。報道番組から降りるということが、私にとって一番、きつい判断でした。でも、道義的にも父親としての責任を感じたならば、私は自分にとって一番つらい道を選ぼうと思いました。TBSさんにはたいへんご迷惑をおかけしました。ただ、私の気持ちをくんでいただきました。『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)も降板を申し入れました。バラエティーだからというわけではない、『どうぞ続けていただきたい』(と慰留され)うれしかった。そして私のふるさとのラジオ文化放送。スポンサーが2社、辞退をした。でも『しゃべるという世界のなかでいきざまを見せてくれ』と言われ、今日も生放送をしてまいりました」

 〈親子関係と仕事へのプライドの中で悩み続けたというみのさん。今後の身の振り方について話が及んでいく〉

 「正直に申し上げます。道義的な親の責任を私は非常に感じました。同時に、どう責任をとるべきなのか。答えは、自分にとって一番苦しい道を選んでみようと思いました。これから大いにマスコミの世界でもこの問題を議論していただきたいと思います。私はやはりしゃべるという世界をこれからも命がけで追求していきたいと思っております。一体自分はどこまで立ち直れるのか。どこまで強い男になれるのか。挑戦もしてみたい。これから、どこまで場を与えられるか分かりません。与えられないかもしれない。もし場を与えられたら、私はさらに自分を磨いてみたい。さらに自分を突き詰めてみたい。そう思いました」

 〈みのさんはこの後、会場に詰めかけた大勢の報道陣に向かって、気遣いの言葉も見せた〉

 「今日は思いっきりみなさんとお話がしたいと思いました。私はしゃべる仕事が天職だ。『何を言っているんだ』という方もいらっしゃる。でも、私はそう思っています。それともうひとつおわびをしないといけない。たくさんの方が取材の声をかけてくれました。しかし私の気持ちにことが一件落着したら、という思いがあり、時には無視することもありました。雨の中風の中、私に懸命に声をかけてくださった記者のみなさんに、無視する形をとったことをおわびいたします」

(3)「ジャーナリストにあこがれていた」
   「次男とは話していない」
   [みのさん降板会見ライブ]


 〈記者へのおわびの言葉を述べた後、再び頭を下げたみのさん。その間もカメラのフラッシュはやまない〉

 「これが今の私の正直な気持ちです。以上です」

 〈20秒にわたり沈黙。視線は前を見据えた。その後、記者に促され、みのさんが着席する。ここから報道陣との一問一答がスタート〉

 −−いま、みのさんは「親の責任を感じている、おわびする」と話した。ただ、2カ月前にそういうことを思っているとは思えなかった。そういう気持ちがあれば、この2カ月間の報道も、みのさんの言動も違うものになっていたはずだ。また、「報道番組から離れるのはきつい」と言っていた。他の出演している番組はどうするのか

 「私は最初、本当に社会人になって家庭をもった30をすぎた子供、自分で責任を持つべきだと思った。ただ親子の縁は切れないが、バカ野郎という気持ちは強くなっていった。なんでこんなことするのだろうって私も思った。

 そのうち、どこか間違っていたのかなと思うようになった。どこが間違っていたのか。それはやっぱり育てた奴、育てた私の育て方に問題があった。私という人間性に問題があったんじゃないか。やっぱりそれは、責任という言葉を使うなら、私に世に送り出した責任があると思いました。これはどうにも親子の縁が切れない限りついて回るものだな、と。

 それから、私はバラエティーも好きです。ラジオも好きです。でもバラエティーで政治を斬る、バラエティーで年金問題を斬るということはない。私のやっていたTBSの「朝ズバ」、「サタずば」は、年金問題にも汚染問題にも真剣に取り組む番組。ああ、こういう番組ができるということに、私は誇りと喜びを感じておりました。いい悪い、はっきりと言い続けてきました。

 そういう報道系の番組は、私の憧れでした。久米宏君の番組であるニュースステーションをみたり、古舘(伊知郎)君をみたりすると、昔、自分が若い頃にあこがれた『ジャーナリスト』という言葉に、自分がその一員になれたという喜びを感じました。それが真っ向から否定されたような気持ちです。今度の事件を受けて、もう降りるしかないと。そう思いました。悔しいです」

〈「悔しいです」という言葉を発したとき、みのさんは口をヘの字形に結び、涙をこらえるような表情をみせた〉

 −−息子(次男)とは何か話はしたのか

 「彼とは話をしていません」

 −−いつからですか

 「彼が収監されてからです」

 −−今現在も話はしていないのか

 「一度だけ(次男の)自宅にいった。顔だけみて、5分で帰りました」

 −−次男から謝罪の言葉は

 「彼からはありません。僕も何もしゃべっていません」

 −−そのとき、どういう状況だったか

 「私が(次男の)家に行ったとき、彼は正座して、板の間で座っていた。彼は僕の顔をみて『ごめんなさい』と言いかけましたが、僕は顔だけ見て無視して。そして帰りました」

(4)「女房だったら、せがれと差し違えて責任を取っていた」
   [みのさん降板会見ライブ]


 〈会見でみのさんは、報道キャスターへの思いを語った〉

 −−さきほど、一番つらいのは報道をやめることだと言いました。もし、TBSで続けてほしいという話があった場合でも降りようと思いましたか

 「思いました」

 −−辞めるつもりだったのは報道の番組だけですか

 「いえ、ほかの番組も辞めてくれと言われたらやめるつもりでした。(報道の番組は)僕の昔からのあこがれ。報道キャスターになりたかった」

 〈うつむくみのさん。言葉が続かない〉

 −−現時点では、ほかの番組で、バラエティーとラジオは続けるということでよろしいですか

 「はい」

 −−みのさんは文化放送の番組のなかで、「私は何をやったわけではない」と言った。ご子息は20歳以上。それでみのさんがやめるなら、さまざまな政治家の方もそういったケースが出るような気がします。それともう1点。セクハラ問題がその前に話題になりました。一連の報道のあり方について直言を

 「まず、セクハラから。私は、番組の中で、キャスターのお嬢さんの体に触らない。あのお嬢さんは本当によくとちるお嬢さん。僕はとちるたびに背中をたたいたり、体をたたいたりしていた。だんだんとちらなくなった。あの一件の時、私は腰をたたいたつもりです」

 〈話題がセクハラ疑惑に移り、一転してやや早口になり、説明を続けた〉

 「私はセクハラをしたつもりはありません。それは彼女に聞いてください」。

 〈みのさんからは、番組で関わった若いアナウンサーには厳しく接してきたとの説明が続く〉

 「私は朝の打ち合わせも放送中も厳しいです。でも、(彼女が)僕の手を取って遮る姿が、いかにも女性の体をまさぐる姿で書かれていたのが残念です」

 −息子さんの件でやめる影響は?

 「今年は家内が亡くなりました。2回に分けて休みを取り、2回目の休みでこの事件が起きました。私は厳しく育ててきました。(事件が起こって)僕は最初に思いました。子供じゃないんだから、大人なんだから、責任とれよ。僕の仕事と何が関係あるっていう気持ちが強かったです。ですから、いろんな方に(次男は)別人格って言葉を言われたときに、素直にそう思いました。ラジオでも、僕がやったわけではない、そう話しました」

 〈だが、みのさんは番組のスタッフから、マスコミにどう報道されているかを伝えられた〉

 「ああ、「開き直り」かな。でも、親の責任、子供の責任、親としての道義的責任。それは痛いほどわかりました」

 〈みのさんは、出演を自粛している最中に家にあった本を読んでいるうちに、思いが変わっていったという〉

 「家にあった短編集を読んでいるうちに、親子の情愛って大事だなあって思いました。私は、私のところに届く、厳しい論調の活字をみながら、自分で引っ張り出して読んだ本の活字に逆に助けられました」

 〈みのさんは声を震わせ、絞り出すように続けた〉

 「本当に、本当に私は、番組を降りると決断したのは、あのバカせがれと、同じ悔しい思いを味わうべきだと思ったからです」

 〈続けて、亡くなった妻への思いを口にした〉

 「私は亡くなった家内の骨を納骨しておりません。彼女の一番好きだったキッチンの棚において、2カ月。しゃべりながら飲んでいました。ある朝、お骨の前の絨毯に、お線香が1本燃え尽きていました。よく絨毯が発火しなかったな、と思いました。それを見ているうちに、女房だったら、せがれと差し違えて責任を取っていたんじゃないかと思いました」

 〈感極まった様子のみのさんに、フラッシュが浴びせられる〉

 「僕も、自分にとって一番つらい道だと思ったときに、すべての局に、私が仕事をしているすべての局に降板を申し入れました。そして残していただいたのが、読売テレビの県民ショー(秘密のケンミンSHOW)と文化放送です。とくに文化放送はスポンサーが自粛という道をとられ、でも、なんとしても与えられる限り、しゃべる場を私は離したくないんです」

(5)「やめなければおさまらない風潮に感じる」
   [みのさん降板会見ライブ]


 〈記者の質問は、みのさんの「朝ズバ」などでの毒舌ぶりに触れる〉

 −−これまで芸能人などの子供が犯罪行為をしたときに、親の責任を番組の中でみのさんが批判的に語ることがあった。今の立場になってどう思うか

 「私は今までに芸能界の不祥事を番組で取り上げたとき、あなたは父親だからこの職業をやめろとは言ったことはない。バカ息子、バカ娘とはいった。しかし、親に対して芸能活動をやめろといったことはない。でも私がそういうふうに言ったと書かれた活字はあった。私は言っていない。やったやつはバカ。うちのせがれもバカ。大バカです。でも私は親に対してやめろと言ったことはない」

 −−子育てが間違っていた、問題あったとおっしゃっていたが、間違っていたとしたらどんなところか

 「ちょっと厳し過ぎたかな。育て方が厳し過ぎた」

 −−具体的に

 「おこづかいにしても大変厳しかった。子供に何十万円も与える人もいるが、私は女房の決めた額だけしか与えなかった。いけないことかもしれないが私は殴るタイプ。いやなら出ていけ、そういうタイプの父親です。僕の父親としてのええかっこしいが、悪い結果につながった。何でも話せる親ではなかった」

 −−殴ったのはいくつまで

 「中2まで」

 −−厳しさが背景?

 「かもしれませんね」

 −−(降板について)決断をいつ下すかと注目されていた。降板しないといけないのか

 「やめなければおさまらない風潮に僕は感じます。今度のことで人品骨柄、収入、住む家。そこまでたたかれるとは思いませんでした」

 −−「俺の息子でなければ」という思いはあるか

 「そうですね。なんでこんなに騒がれるのかなと思っていた。いろんな人からこの事件は普通はこう処理されると聞いた。うちの場合、普通じゃないのかな。おやじがおやじだからか」

 −−息子も警察も信じているとおっしゃいましたが、息子さんについてどう思っているか

 「ああバカな野郎だな」

 −−お金に厳しかったというが、人のキャッシュカードをとるほどお金に困っていたのか

 「困っていたと思います。財布を落としてキャッシュカードをなくして探して歩いていたのは事実」

 −−そうなんですか

 「飲んだ後、財布落としたのは事実らしい」

 −−財布落とした事実は、嘘では

 「事実と僕は聞いている。警察から」

 −−人のものに手を出すような犯罪行為をどう思うか

 「バカだなと思います」

 −−今までにそういう行動をとるような何かあったか

 「いいえ」

 −−突発的か

 「そうとしか思えません」

 −−謝罪に息子さんが来たのか

 「僕が行きました」

 −−息子さんに怒りは

 「怒りより悲しかった。父親として」

(6)「降板申し入れは3、4日前。TBSに甘えていた」
   [みのさん降板会見ライブ]


 〈報道陣の質問は、次男の犯行状況にも及んだ〉

 −−以前の会見で、「俺の息子でなければこんな騒ぎには…」といった意味のことを言っていた。その気持ちは今も変わらないか

 「そうですね。僕は何でこんなに騒がれるのかなと…。いろんな方に『普通だったら…』という説明を受けましたが、うちの場合は普通じゃないのかな。おやじがおやじだからね」

 −−次男はお金に困っていたのか

 「(次男は)財布を落としてキャッシュカードをなくした。女房の入院のお金が入っていた。必死になって探したというのは事実らしいです。(酒を)飲んで財布を落としたのは。僕は弁護士さんからそう聞いています」

 −−ただ、生活の金に困っているような状況ではなかった?

 「そう思います」

 −−犯行内容についてどう思っていますか

 「バカだと」

 −−今までも今回のことをにおわすような行動はあったか

 「いいえ」

 −−突発的に行動をとったと

 「そうとしか思えません」

 −−次男はみのさんに謝罪したのか

 「謝罪には来ません。僕が(次男のところに)行きました」

 −−会ったときはどんなやりとりがあったのか

 「言うべき言葉がありませんでした」

 −−怒りはなかったか

 「怒りよりも、悲しかった」

 −−それをぶつけることはしなかったか

 「なかったです」

 −−胸のうちにおさめたのか

 「そんなに格好いいものじゃなくて…。恐ろしい、怖いといいますか。罪を犯すのはこういうものなのかと…」

 −−今後は次男とどう向き合うのか

 「どう立ち直っていくかを見ていきたい。親として、目をそらすわけにはいかない。0歳と2歳の孫が2人。(次男の)嫁さんも若いし、嫁さんの実家にも申し訳ない。どうやって頭を下げていいかわかりません」

 −−被害者との示談は

 「弁護士を通じて申し込んであります」

 −−示談を成立させたり、不起訴につながったりすればいい、ということも今日会見を開いた要因の一つか

 「そうですね。みのもんたのせがれじゃなかったら…というのは正直な気持ちです。これが平凡なサラリーマンのせがれだったら…。二十数日間の拘留は厳しいなあって僕自身、思いましたね。仕方ないですね」

 −−今後、事件の詳細を息子から聞く予定は

 「落ち着いたら聴きたいと思います」

 −−なぜ今聞かないのか

 「今は彼も心の整理がついてないんじゃないでしょうか。すべてが決着してからでいいと思います」

 〈質問は改めて降板理由へ。「社会からの批判が理由か」といった質問に対しては、笑顔を見せる場面もあった〉

 −−TBSに降板を申し入れたのはいつか

 「もう3、4日前」

 −−慰留はされなかったのか

 「うち(所属事務所)の事務方が行きまして、『TBSさんの本当の意向をお聞かせ願いたい』と。活字媒体を中心に、みのもんた個人への攻撃も出ている。それはイコール、TBSの『朝ズバッ!』『サタずばッ』にも傷がつく。TBSからは(当初)『休んでくれ』という気持ちをいただき、私は甘えていました」

 −−社会からの批判や圧力も降板原因の一つか

 「そりゃあ、なにも騒がれなければ…(笑)」

 −−降りない決断もあったと思うが

 「そんなことはありえない(笑)」

 −−次男に対して今後、サポートをする予定は

 「いつごろ結論が出るかは分かりませんが、ゆくゆくは、どういう生きざまをするかは見ていきたいと思っています」

 −−仕事の世話をするなどの考えはあるか

 「もちろんないです。(次男も)多分、来ないでしょう」

 −−一人でやっていけと

 「そういう話は全然していませんが、多分彼は来ないでしょう」

 −−弁護士費用は誰が負担しているのか

 「本人の奥さんが…」

 −−今後、報道番組のオファーがあったら、再びやりたいか

 「(気持ちは)あります。来ないかもしれませんけれどもあります。そのときは今よりももっと厳しくやります」

 −−責任の取り方について、世間はどう感じると思うか

 「私のところは『顔を見たくない』『せがれをつれて山ごもりしろ』といったお手紙やお電話も来ています。枚数はたかがしれているかもしれませんが、1つそういう意見があれば100倍だぞ、という意見もある。大変厳しいと思っています」

(7)完 次男に一言…「ばかやろう!」
   [みのさん降板会見ライブ]


 −−文化放送とよみうりテレビに「辞めたい」と言ったのはいつごろか

 「僕がTBSの番組を自粛という形で休んだときに申し出ました」

 −−報道番組は降板したが、バラエティーとラジオは慰留された上で続けるという形になった。みのさんの本心からいうと、すべて辞めるつもりだったのか

 「常識的に言って、そうなるはずだと思っていました」

 −−その違いとは

 「今後、こういう事例は日本ではどう考えられるのか。議論をしたい」

 −−議論をしたいというのは

 「いろいろな番組で私のことがご紹介されるなら、出ます。活字の世界で『そういう話をしませんか』といわれれば、したいと思います」

 −−みのさんは日本で一番テレビに出ているということで知られていた。今の状況をどう感じているか

 「そりゃ悔しいですよ。気持ちとしては悔しい。みなさんにこういう質問をされなきゃいけない自分が情けない」

 〈落ち着いた対応を続けるみのさん。だが、質問が妻のことに触れると、表情は一変する〉

 −−子供が不祥事を起こした場合、ふつうは夫婦で共有するもの。だが、みのさんは奥さんを亡くしたばかり。みのさんは一人で向き合わないといけない

 「(20秒の沈黙)女房に申し訳ないっ…」

 〈ため込んでいた感情があふれ出したかのように涙声になり、うつむいた〉

 −−普通であれば、こういう問題が起これば息子と向き合うと考える。今回そういう形ではなく、番組の降板で責任をとった。息子とは今後どう向き合うのか。みのさんは家庭ではどう責任をとるのか

 「息子とはいずれ会うことになる。そのとき、向こうに話す余裕があれば話しますし、話しても無駄な状態だったら話さない」

 −−番組を見ている人に一言お願いします

 「『朝ズバ』、『サタずば』という番組は、月曜から土曜まである。『つらいですか』といわれても、私はつらくなかった。楽しいです。みんなといっしょに一つの番組を作り、その番組が本当にいいものであり、悪いものは悪いといえる番組だったから。私は残念だし、番組を少しでも楽しみにしていた方がいれば、申し訳ないと思います」

 〈話はマスコミの報道について移る〉

 −−降板について。やめなければ収まらない風潮でなければ、(番組を)続けていたか

 「もちろんです」

 −−マスコミの報道が過剰か

 「これが今の日本の世の中だと思います」

 −−風潮がおさまったら出演したいか

 「おさまっただけでは出らられないでしょうね。おさまって、さらにオファーがないと」

 −−議論をしてほしいとみのさんはおっしゃっていた。自身の降板の判断は正しいと思うか

 「忸怩(じくじ)たる思いはあります」

 −−たらればの話になるが、最初に申し訳ないと言っていたら、違う展開になっていたのではないか

 「それはそうだと思いますが…。それがあの時はできませんでしたね。正直に言いまして。どこかで思い上がって、どこかで突っ張っていた。だが、完膚無きまでに自分の考えが間違っていたと分かった」

 −−息子さんに一言お願いします

 「ばかやろう!」

 〈会場に響き渡るような大声で息子に“一喝”。再び頭を下げ、ゆっくりと退場した。1時間以上にわたった会見は幕を閉じた〉

●報道番組への出演自粛

 2013年9月13日、同月11日に当時日本テレビ社員だった次男が窃盗未遂容疑で逮捕された。

 これを受け、自身が出演する『みのもんたの朝ズバッ!』と『みのもんたのサタデーずばッと』への出演を自粛すると発表した。

 その後、10月25日にTBSから全ての報道番組を降板させることが発表された。

 尚、次男は同年10月8日付で日本テレビを諭旨解雇処分となったが、みのもんた自身は『秘密のケンミンSHOW』などのバラエティー番組への出演は従来どおり続ける。



●朝ズバッでのセクハラ疑惑騒動

 2013年8月30日に放送されたTBSテレビの『みのもんたの朝ズバッ!』の生放送内のCM明け直後、隣に立つ女性アナウンサーの腰付近に手を伸ばし、女性アナがその手を振り払ったようにみえる映像が一瞬流れた。

 これに対して、TBS広報部は「セクハラ行為があったとは認識していないが、紛らわしい行為だったため、今後このようなことがないよう『番組担当者』に口頭で注意した」と公式に発表している。

 みのもんた本人への注意には触れられていない。



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2013年10月23日

「笑っていいとも!」来年3月で終了



笑っていいとも

★「笑っていいとも!」来年3月で終了 放送30年超、ギネス認定の長寿番組

 昭和57年から平日昼に生放送されてきたフジテレビ系のバラエティー番組「笑っていいとも!」(月〜金曜正午)が来年3月で終了することが22日、分かった。司会者のタモリこと森田一義さん(68)が同日、番組内で発表した。

 タモリさんは番組で「32年、大変お世話になりました。感謝しても感謝しきれません」などと話した。

 番組は昭和57年10月に放送開始。タモリさんが旬のゲストと軽妙なトークを繰り広げる「テレフォンショッキング」や、レギュラー出演者のお笑い芸人らによるコント、クイズのコーナーなどが人気を集めた。

 平成14年には、放送5千回を達成し、単独司会者による生放送の長寿番組記録として、2003年度版のギネスブックに認定されていた。


★「笑っていいとも!」終了へ

10月22日 19時34分タレントのタモリさんが司会を務めて30年以上続き、ギネス世界記録にも認定された民放のバラエティ番組「笑っていいとも!」が、来年3月いっぱいで終了することになりました。

番組の終了は、22日に放送された番組の中で、タレントの笑福亭鶴瓶さんの問いかけに、司会のタモリさんが「来年の3月で終わります」と答えるかたちで、明らかにされました。

「笑っていいとも!」は、昭和57年に放送が始まったフジテレビのバラエティ番組で、日替わりのゲストとタモリさんが軽妙な会話を繰り広げる「テレフォンショッキング」などさまざまなコーナーで人気を集めました。

テレフォンショッキングの第1回のゲストは、歌手の桜田淳子さんでした。

番組は「○○してもいいかな?」「いいとも!」や、「友だちの輪」など多くの流行語を生みながら平成14年には放送5000回を超え、単独の司会者による生放送の長寿番組としてギネス世界記録に認定され、その後も平成22年に7000回を超えて記録を更新中でした。

タモリさんは22日の番組の中で、「30歳でこの世界に入り、『いいとも』に出て初めて芸能人として格好がついた。32年間、感謝してもしきれません。出演者の皆さん、国民の皆さんどっち向いても感謝です。ありがとうございます」と感謝の気持ちを語っていました。


★「笑っていいとも」3月終了 番組で発表

 フジテレビ系「笑っていいとも!」(月〜金曜正午)が来年3月いっぱいで終了することが22日、分かった。

 今日22日の放送で発表した。タモリこと森田一義(68)が司会を務め、1982年(昭57)から放送を開始した長寿番組。タモリは「フジ(テレビ)が32年間守ってくれた。感謝しても感謝しきれません」と話した。

 SMAP中居正広(41)は「本当に3月いっぱいで終わるんですか?」と念を押したが、タモリは「終わります」と繰り返した。エンドロールが流れる中会場の観客が「嫌だー!」と絶叫。それを受け「ありがとうございました。感謝です」と話し、放送が終了した。

 同番組は02年4月、放送開始5000回目の達成記念に単独司会者による生放送の長寿記録として、03年版のギネスブックに認定された。

・タモリさんの『笑っていいとも!』終了発言

鶴瓶 「俺聞いたんやけど『いいとも』終わるってホンマ?」
タモリ 「来年の3月で『いいとも』終わる」
鶴瓶 「ホンマかいな」
タモリ 「本当」
鶴瓶 「お前しってた?」
中居 「ちゃ、ちゃ、ちゃんと話して!?」
鶴瓶 「マジやで」
タモリ 「3月いっぱいで『いいとも』終わる。でもね、30(歳)からこの世界入ったじゃん。スルスルスルって横滑りして入って、30から6年後にこの番組入ったの。『いいとも』で、芸能人としてはじめて格好がついたんで」
中居 「いいとも30(年)?」
タモリ 「32年、フジテレビがずーっと守ってくれたんだ。本当にこれは感謝してもしきれない」
中居 「正式なことですか? それは」
タモリ 「正式なこと。出演者の皆さんにもお世話になって。国民の皆さんにも、どっちむいても感謝です。ありがとうございます」
中居 「3月いっぱいで『いいとも』終わるってことです?」
タモリ 「そうですそうです」
鶴瓶 「俺ウワサで聞いたからちゃんと聞きに行きたいと思って今日はね。俺そんな人間だからちゃんとね」
大竹 「ウワサじゃなかったんですよね?」
鶴瓶 「ウワサじゃないんだよこれ」
中居 「じゃあ、あと半年……10月、11月」
タモリ 「とはいってもあと半年ありますからね。半年で終わる番組けっこうありますから」
中居 「そうですけど、半年、いま、最後に向かってということですから、レギュラー陣の皆さんもそうですし」
鶴瓶 「心機入れ替えてお前ら、(レギュラーメンバー)誰かと違うよう(ヤツ)に替えるわ」
大竹 「どういうことだよ」
設楽 「半年の間にメンバー替えられちゃう?」
ローラ「えーそうなんだー!?」



★タモリ「笑っていいとも!」降板へ 大リニューアルに激怒した“Xプラン”すっぱ抜き

 フジテレビが開局以来の、蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われている。早くも来年4月の番組編成に、8月から着手し始めたというのだ。
 「プロジェクト名は“Xプラン”。亀山千広・新社長の肝入りです。それほど腹をくくって来年度に勝負を掛けている。テレ朝や日テレに勝つために、もう余裕は無いんです」(編成関係者)

 改革第一弾として大ナタを振るったのが、番組開始からわずか半年で打ち切りを決めた『アゲるテレビ』で、「当分の間、同放送枠はドラマの再放送枠に切り替えられる」(事情通)という。さらに『とくダネ!』も後枠に情報番組バラエティーを立ち上げ、小倉智昭は“リストラ”。極めつけは、常に話題に上る、あの番組だ。
 「懸案となっていた『笑っていいとも!』。これを一旦、打ち切る。31年も番組司会を務めたタモリをリストラするための、最終手段です」(関係者)

 既に水面下では、打ち切り問題を巡ってフジとタモリがぶつかり、深刻な事態になっているという。一連の騒動が発覚したのが7月1日の放送中だった。
 「タモリが反対していたオネエ系のイケメンコンテストを、新しく番組に来た総合演出がゴリ押ししたんです。結果、タモリは途中から映らなくなり最後まで戻って来なかった」(事情通)

 実は、これは氷山の一角に過ぎないという。
 「新コーナーを巡って、ことごとくこの総合演出とぶつかり、ついにタモリを怒らせ『番組を降りる!』とまで言わせてしまったそうです。局内では、あの演出の派遣も“Xプラン”の延長だったという笑い話が飛び交っています」(放送作家)

 では、来年4月以降に予定されている番組編成はどうなるのか。
 「タイトルは『ハッピー・ピープル』(仮題)で、2時間にする。司会は結局、SMAPの中居正広で落ち着いた。『ライオンのごきげんよう』と東海テレビの昼ドラ枠は14時以降に枠移動し、埋まらない尺は『国分太一のおさんぽジャパン』で調整します」(関係者)


★森田一義アワー 笑っていいとも!

『森田一義アワー 笑っていいとも!』(もりたかずよしアワー わらっていいとも)は、フジテレビ系列にて1982年(昭和57年)10月4日から平日の12:00 - 13:00(JST)に生放送されている帯トークバラエティ番組。通称は『笑っていいとも!』『いいとも!』。モノラル放送(モノステレオ放送)、ハイビジョン制作(2005年7月25日放送分から)を実施している。

タモリ(本番組では本名の“森田一義”名義)が司会を務める冠番組であり、31年半続くこととなった長寿番組である。2013年10月22日放送分の番組内で、2014年3月末で放送を終了することが発表された。

1980年10月1日から1982年10月1日まで生放送されていた『笑ってる場合ですよ!』の後継番組として、1982年10月4日より本番組が放送開始され、同時期に1981年4月5日から1982年10月3日まで、1年半に渡って放送されていたバラエティ番組(ダイジェスト番組)『もう一度笑ってる場合ですよ!』の1982年10月24日から後継番組として本番組の姉妹番組であり、バラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』の2番組が毎週日曜日 10:00 - 11:45(JST)に放送開始された。

現在は、平日に生放送されている当番組と毎週日曜日 10:00 - 11:45(JST)に放送がされているバラエティ番組(ダイジェスト番組)『笑っていいとも!増刊号』、毎年、年末年始に生放送されている『笑っていいとも!特大号』、毎年、夏に生放送がされている『FNS27時間テレビ』内で日曜日の午前から午後のお昼の時間帯(10:30 - 12:30)に掛けて生放送されている『笑っていいとも!増刊号 生スペシャル』の4番組が放送されている。

1970 - 1980年代当時の人気漫才タレントが勢揃いしていたバラエティ番組『笑ってる場合ですよ!』の後継番組を受けて、当時深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用したことから、『笑ってる場合ですよ!』に比べて視聴率的に苦戦することは十分予想できる事態であった。しかし、番組放送開始から半年も経たないうちに視聴率が上昇し、関東地区における同時間帯(12時台)の年間平均視聴率では、1989年の統計開始から2013年までの24年連続で民放横並び首位を獲得しており[4]、現在では、人気長寿番組帯・バラエティ番組へと発展する。

『楽しくなければお昼じゃない!』(当時のフジテレビのキャッチフレーズ『楽しくなければテレビじゃない!』のもじり)の番組が掲げるコンセプトで当番組の総合司会の森田一義(タモリ)といいとも青年隊を軸として、月曜日〜金曜日の各曜日レギュラー陣を始めとし、日替わりコーナーゲストに毎回「テレフォンゲスト」を1組招いて、当番組の総合司会の森田一義(タモリ)とトークを展開する『テレフォンショッキング』、『各曜日日替わりコーナー(1)〜(3)』『曜日対抗いいともCUP』などのコーナーを主に放送している。

当番組の特徴は、一般人・視聴者が出演者(芸能人や著名人)と共に参加する視聴者参加型コーナーが、番組開始当初から現在まで引き続いていることである。(例:年齢当てクイズ、そっくりさんコンテスト、若見えコンテスト、美男子・美少女コンテスト、ギャップコンテスト、夫婦コンテスト、腹筋イケメンコンテスト、似顔絵コンテストなど多数存在)。

基本的な番組の流れとしては、オープニング → 日替わりコーナー1本 → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー2本 → 日替わりコーナー3本 → 曜日対抗いいともCUP → エンディングの順番やオープニング → 日替わりコーナー1本 → 日替わりコーナー2本 → 「テレフォンショッキング」 → 日替わりコーナー3本 → 曜日対抗いいともCUP → エンディングで生放送を行っている。

生放送のため、「テレフォンショッキング」や番組後半の日替わりコーナー2本目が長引いた場合、日替わりコーナー3本目を休止または短縮してそのままエンディングになることがある。通常、当日にオーディションを行う視聴者が出演・参加をする日替わりコーナーを優先するが、日替わりコーナーが2本とも視聴者出演の日替わりコーナーだった場合や報道などの事情で事前オーディションに受かって出演予定となっていた視聴者が出演できなかった例もある。

番組開始初期から現在でも続く人気トークコーナー『テレフォンショッキング』は、毎回ゲストを当番組に招いて、森田一義(タモリ)とトークをするコーナーである。エンディングのコーナー『曜日対抗 いいとも!選手権』は、毎週、様々な種目を各曜日レギュラー陣が挑戦し、1週間で一番成績の良かったチームが優勝となる。年末の時点で一番勝利数の多かったチームが年間優勝となる。この『曜日対抗 いいとも!選手権』は一週間を通しての放送がない年末年始には放送されない。なお、2010年7月から放送休止となっており、そのままエンディングの告知等に入っていたが(当初は夏休み期間中につき放送休止とタモリから説明されていたが、2010年9月から2011年8月まで休止)、2011年8月8日放送分より、『曜日対抗いいともCUP』とコーナー名を変更してエンディングコーナーで復活した。

1991年1月から、番組生放送終了後の約30分間は総合司会の森田一義(タモリ)を始めとする、各曜日レギュラー陣がファンサービスも兼ねてスタジオ舞台上でトークを繰り広げる。その模様の一部は『笑っていいとも!増刊号』でオンエアされる[5]。現在では、増刊号の企画でもある「増刊号スペシャル」、「いいとも!ファンクラブ通信」、「森田一義アワー 座っていいとも!」、「いいとも!スピンオフトーク」、「いいとも!5DAYS」など複数の企画が行われている。

日替わりゲストの出演傾向として『テレフォンショッキング』のゲスト1組、各曜日日替わりコーナーゲストが宣伝や番宣を兼ねて1組〜2組(祝日の時などは多く出演(登場)する)。ゲストの出演傾向としては、タレントはもちろん、お笑い芸人・俳優・女優・作家・作詞家・作曲家・小説家・ミュージシャン・演歌歌手・フリーアナウンサー・政治家・スポーツ選手さらにはフジテレビや自・他系列局の現役アナウンサーなど多彩な分野の人物がゲスト出演をしている。

他には海外からのアーティストや俳優・女優・監督なども生出演している。海外からのゲストが生出演した際、タモリやレギュラー陣たちが内輪ネタを言ったのを同行した通訳が“バカ丁寧”に訳し、出演者や観客の笑い(時に失笑)を買うシーンが多く見られる。

年末年始には、毎年恒例としてエンディングゲスト、「ニューイヤーズ・ロックフェスティバル」より内田裕也を始めとして、白竜・HIRO・シーナ&ロケッツ・レッズ・ERIKA・BILLY・YUKI らが生出演をする。

1998年10月より本番組開始前、午前11:57:15 - 11:57:30(JST)に一部地域を除いて、クロスプログラム(番組宣伝)を生放送している。

関東地区では、番組開始当初から番組放送開始時間(12:00)と同時に時報があったが、2005年12月をもって廃止された。その代わり、後述のように2003年11月から常時CM中を除く番組放送中に左上に時刻表示するようになった。

フジテレビ系列局がない青森県では、青森テレビ(TBS系列)が遅れネットで放送している。系列局空白地域における他系列局での遅れ放送は過去には他にもあったが、2011年3月末以降は青森テレビのみとなっている。
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2013年10月22日

イマドキ女子はメイクもブラもコーヒーも賢くハイブリッドが常識!?

仕事に家事にプライベート……。イマドキ女子は、時間がいくらあっても足りないと思いませんか? だからといって、メイクもファッションも、手を抜きたくありませんよね。

そんな忙しい女子の味方になってくれるのが、今話題の“ハイブリッド商品”。ハイブリッドには、異質なものを組み合わせ、一つの目的を成すものという意味があるのですが、車や給湯器だけではなく、女子の暮しに役立つものがたくさんあるのです。

そこで今回は、ハイブリッドで賢くキレイを楽しむ方法についてお話していきたいと思います。


■忙しい女子の味方“3つのハイブリッド商品”

慌ただしい朝や、疲れて帰ってきた夜は、簡単で手軽なのに、しっかりとした効果が得られる下記のハイブリッド商品が役に立ちます。

(1) BBクリーム

BBクリームは、美容液や日焼け止め、化粧下地とファンデーションが一緒になったハイブリッド商品です。保湿成分が含まれていて肌に優しいだけではなく、欠点をカバーし、短時間でベースメイクを済ませることができるという優秀なアイテムなので、すでに使用している人も多いのでは?

(2) ブラトップ

キャミソールやタンクトップ、カットソーにカップがついたブラトップは、楽チンなのに胸をキレイに収めてくれます。家でゆったりと過ごす日だけではなく、外に出て過ごす日でも安心して着用することができるので、ヨガやジョギング、旅行のときに愛用する人が多いそう。

ブラジャーのように肩ひもがズレ落ちる煩わしさもないし、ブラジャーの上からブラトップを着用して、ボリュームを出すこともできます。

(3) コーヒー

特定産地の最上級グレード豆を使用し、インスタントコーヒーなのに、まるでレギュラーコーヒーの味・香りが楽しめる“インスタント×レギュラー”のおいしいとこ取りのコーヒーが、『味の素ゼネラルフーヅ株式会社』から発売され、話題になっています。

■今までにない全く新しい「ハイブリッドコーヒー」とは?

味の素ゼネラルフーヅ株式会社が『マキシム トップグレード ハイブリッド』の新CMの公開に合わせて、30〜50代の男女300名を対象に行った「ハイブリッド商品」に関する意識調査によると、8割以上が「今後ハイブリッド商品を購入・利用してみたい」と回答。さらに、「ハイブリッドコーヒーを試してみたい」と回答した人が8割いることが明らかになりました。

では、今話題のハイブリッドコーヒーとはどのようなものなのでしょうか? 『マキシム トップグレード ハイブリッド』は、微粉砕豆をコーヒー濃縮液に安定的に投下、混合してフリーズドライをしたもので、お湯を注ぐだけで特定産地の最上級グレード豆のインスタントコーヒーのコクと、レギュラーコーヒーの香りが味わえる今までにない全く新しいタイプのコーヒーなのです。

いかがでしたか? これからは、ハイブリッドを取り入れて、充実した生活を送るのが常識になるかもしれませんね。



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2013年10月20日

27号は猛烈な台風に 23日にも日本に近づく恐れ

 フィリピンの東の海上にある台風27号は19日、勢力を拡大して最大風速55メートルの猛烈な台風に発達した。気象庁の予想では、徐々に北寄りに進路を変え、週半ばにも強い勢力で日本に近づく。

 気象庁によると、19日午後3時現在の中心気圧は920ヘクトパスカル。20日には910ヘクトパスカルまで強まる見通し。次第に弱まるが、早ければ強い勢力で23日にも日本に近づく可能性がある。

 気象庁は、最大風速を基に、台風の勢力を強い方から「猛烈な」「非常に強い」「強い」と分類している。
猛烈台風27号が北上=24日に西・東日本接近か−気象庁

 猛烈な台風27号は19日、フィリピンの東海上を北西へ進んだ。気象庁によると、22〜23日に沖縄・奄美近くを通った後、24日ごろに西・東日本に接近する恐れがあり、早めの警戒が必要。同庁は沖縄では20日から風が強く、波が高くなるとして、注意を呼び掛けている。

 台風27号はフィリピンの東の海上を北上し、来週にかけて西日本や東日本の太平洋側に非常に強い勢力で近づくおそれがあります。気象庁は、今後の情報に注意するよう呼びかけています。

 気象庁の観測によりますと、猛烈な台風27号は、午後6時にはフィリピンの東の海上を1時間に15キロの速さで西北西へ進んでいます。
 中心の気圧は920ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は55メートル、最大瞬間風速は75メートルで、中心から半径110キロ以内では風速25メートル以上の暴風が吹いています。
 台風はこのあとも北上し、週明け以降、非常に強い勢力で沖縄県の大東島地方に近づき、その後、西日本や東日本の太平洋側に近づくおそれがあります。
 台風の勢力が強いため、来週は台風から離れた地域でも雨や風が強まる可能性があり、気象庁は、今後の台風の情報や、地元の気象台からの情報に注意するよう呼びかけています。

台風第27号 (フランシスコ)
平成25年10月19日21時45分 発表
<19日21時の実況>
 大きさ -
 強さ 猛烈な
 存在地域 フィリピンの東
 中心位置 北緯 17度05分(17.1度)
 東経 139度05分(139.1度)
 進行方向、速さ 西北西 15km/h(7kt)
 中心気圧 920hPa
 中心付近の最大風速 55m/s(105kt)
 最大瞬間風速 75m/s(150kt)
 25m/s以上の暴風域 全域 110km(60NM)
 15m/s以上の強風域 北側 330km(180NM)
 南側 280km(150NM)

<20日21時の予報>
 強さ 猛烈な
 存在地域 フィリピンの東
 予報円の中心 北緯 19度10分(19.2度)
 東経 137度05分(137.1度)
 進行方向、速さ 北西 15km/h(7kt)
 中心気圧 910hPa
 中心付近の最大風速 60m/s(115kt)
 最大瞬間風速 85m/s(165kt)

★台風の大きさと強さ
 気象庁は台風のおおよその勢力を示す目安として,下表のように風速(10分間平均)をもとに台風の「大きさ」と「強さ」 を表現します。 「大きさ」は「強風域(風速15m/s以上の強い風が吹いているか,地形の影響などがない場合に吹く可能性のある範囲)」の半径で,「強さ」は「最大風速」で区分しています。
 さらに,強風域の内側で風速25m/s以上の風が吹いているか,地形の影響などがない場合に吹く可能性のある範囲を暴風域と呼びます。

★強さの階級分け 階級 最大風速
 強い 33m/s(64ノット)以上〜44m/s(85ノット)未満
 非常に強い 44m/s(85ノット)以上〜54m/s(105ノット)未満
 猛烈な 54m/s(105ノット)以上

★大きさの階級分け 階級 風速15m/s以上の半径
 大型(大きい) 500km以上〜800km未満
 超大型(非常に大きい) 800km以上

 台風に関する情報の中では台風の大きさと強さを組み合わせて,「大型で強い台風」のように呼びます。
 ただし,強風域の半径が500km未満の場合には大きさを表現せず,最大風速が33m/s未満の場合には強さを表現しません。
 例えば「強い台風」と発表している場合,その台風は,強風域の半径が500km未満で,中心付近の最大風速は33〜43m/sあって暴風域を伴っていることを表します。
 なお,天気図上では,暴風域を円形で示します。この円内は暴風がいつ吹いてもおかしくない範囲です。

★ヘクトパスカル (hPa)
ヘクトパスカルとは気圧の単位です。このウェブサイトでは、主に台風の中心気圧を表す時に用います。日本では1992年11月まではミリバール(mb)が使われていましたが、1992年12月から国際単位系のヘクトパスカル(hPa)が使われるようになりました。ただし、両者の換算式は1hPa = 1mbですので、数値としては以前と変わりありません。
 パスカルとはそもそも圧力の単位で、1Pa = 1N/m^2、つまり1平方メートル(m^2)あたり1ニュートン(N)の力が働くことを意味します。地上の標準気圧は1気圧 = 1013hPa = 101,300Paです。重力加速度を9.807m/s^2とすると、地上の圧力はおおよそ1.033*10^4kg/m^2 = 1.033kg/cm^2となります。つまり、1平方センチメートル(cm^2)あたり1kgの空気の重さを地上では受け止めていることになります。

★ノット (kt)
ノットとは速さの単位です。1ノットとは1時間に1海里(nautical mile / nm)を進む速さを意味します。このウェブサイトでは、台風の中心付近の最大風速や、台風の動きの速さを表す時に用います。1nm = 1.852kmですので、1kt = 1.852km/h = 0.5144m/sとなります。大まかに計算するには、ノットの値を半分にするとm/sの値となり、倍にするとkm/hの値となる、と覚えておけばよいでしょう。

★台風(たいふう、颱風、typhoon、taifū)は、北西太平洋や南シナ海(赤道以北、東経180度以西100度以東)に存在する熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速が約17 m/s(34ノット、風力8)以上のものを指しまます。

★海上における中心気圧が低い台風

 1 昭和54年台風第20号 870(hPa) 1979年10月12日 沖ノ鳥島南東
 2 昭和48年台風第15号 875(hPa) 1973年10月6日 フィリピン東方
 3 昭和50年台風第20号 875(hPa) 1975年11月19日 マリアナ近海

★陸上(気象官署)における中心気圧が低い台風

 1 沖永良部台風
  (昭和52年台風第9号) 907.3(hPa)
   1977年(昭和52年)9月9日 沖永良部(鹿児島)
 2 宮古島台風
  (昭和34年台風第14号) 908.1(hPa)
   1959年(昭和34年)9月15日 宮古島(沖縄)
 3 室戸台風 911.6(hPa)
   1934年(昭和9年)9月21日 室戸岬(高知)

★上陸時(直前)の中心気圧が低い台風

 1 第2室戸台風
 (昭和36年台風第18号) 925(hPa) 
  1961年(昭和36年)9月16日 9時 室戸岬西方
 2 伊勢湾台風
 (昭和34年台風第15号) 929(hPa)
  1959年(昭和34年)9月26日 18時 潮岬西方
 3 平成5年台風第13号 930(hPa)
  1993年(平成5年)9月3日 16時 薩摩半島南部

★最大瞬間風速

 1 第2宮古島台風
  (昭和41年台風第18号) 85.3(m/s) 北東
   1966年(昭和41年)9月5日 宮古島
 2 第2室戸台風
  (昭和36年台風第18号) 84.5(m/s) 西南西
   1961年(昭和36年)9月16日 室戸岬
 3 第3宮古島台風
  (昭和43年台風第16号) 79.8(m/s) 北東
   1968年(昭和43年)9月22日 宮古島
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2013年10月18日

ソニーが腕時計型端末の新機種 短距離通信でスマホと連動

 ソニーは17日、腕時計型の情報端末の新製品「スマートウォッチ2」(1万4800円)を25日午前10時から、直販サイト「エクスペリアストア」で販売開始すると発表した。新たに近距離無線通信規格「NFC」に対応し、スマートフォン(高機能携帯電話)との連携機能を強化した。先行メーカーとして、韓国サムスン電子などを迎え撃つ。

 ソニーにとっては3世代目の腕時計型端末となる。タッチパネル式の約1・6インチの液晶画面を搭載し、一度に6個のアイコンを表示できる。同社製スマホ「エクスペリア」の対応機種と接続することで、電話の着信やメールの確認のほか、スマホに保存した音楽や写真を楽しめる。

 このほか、エクスペリア用の自動撮影スタンド(1万1800円)も発売する。スタンドにセットしたエクスペリアが被写体の顔を認識すると、被写体の動きを追って360度回転しながら角度も調整し、笑顔を検出すると自動で撮影する仕組み。ソニーはエクスペリアの強化策として、付属品や周辺機器にも力を入れている。

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2013年10月08日

ソチ冬季五輪の聖火リレー始まる 聖火が1度消え、ライターで再点火されるハプニングも

ロシア南部ソチで来年2月に開催される冬季五輪の聖火リレーが7日、モスクワ市内で始まった。6日にはプーチン大統領が出席し、赤の広場で記念式典が行われたが、その最中に聖火が1度消え、関係者がライターで火をつけ直すハプニングがあった。

 式典は国営放送が生中継しており、ネットでは「なぜギリシャの火を用いないのか」との批判が相次いだ。組織委員会はミスを認め、その後、ギリシャから並走しているランタンの種火から改めて点火した。

 聖火リレーは西部バルト海沿岸から東部べーリング海沿岸まで130カ所以上で行われ、冬季五輪史上最長の約6万5千キロを走破する。開会式で使用する聖火のトーチ部分は、国際宇宙ステーションにも運ばれ、ロシア人飛行士が一緒に宇宙遊泳する予定だ。

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2013年10月01日

経営陣刷新へ レール異常放置で国交省方針

 政府は30日、JR北海道が多数のレール異常を放置していた問題で、野島誠社長ら経営陣を刷新する方針を固めた。菅義偉官房長官が同日の会見で「鉄道事業の信頼が損なわれないよう、国土交通省で検討することになる」と話した。

 JR北海道の株式は実質的に国が100%保有しており、代表権を持つ会長・社長人事は閣議了解が必要となる。

 国土交通省はJR北海道に対し、9月21日から28日まで特別保安監査を実施した。監査はレールを管理する土木部門だけでなく、運行全般に範囲を拡大し、野島社長ら経営陣への聞き取り調査も行った。国交省によると、鉄道会社の経営トップに監査が及ぶのは異例で、技術面だけでなく、経営管理体制にも問題があったとの見方を強めている。

 国交省は現在、監査の内容を分析中で、その結果を踏まえて、必要があれば追加の監査を実施、事業改善命令も検討する。同時に経営陣の刷新も検討、JR東日本など外部からの登用も軸に人選を進める。

 菅長官は30日、国交省から監査の報告を受け、「具体的措置は(監査の)結果を踏まえて適切に行っていく」と話した。

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