★榎木孝明(えのき たかあき)
誕生日 1956年1月5日
星 座 やぎ座
出身地 鹿児島伊佐郡菱刈町
血液型 B型
身 長 180cm
体 重 75kg
ジャンル 俳優
特 技 乗馬 総合武術 絵画
1978年、劇団四季に入団。
1984年、NHK連続テレビ小説「ロマンス」でテレビデビュー。
1990年、映画「天と地と」に主役で出演。
1993年、舞台「黒蜥蜴」で美輪明宏さんと共演。
★榎木孝明美術館
大分県玖珠郡九重町田野1712-707
0973−73−3812
2003年5月にオープンした『榎木孝明 美術館』。
飯田高原の緑あふれる風景も満喫していただけます。
館内には、ご当地・大分の作品及び国内、海外の作品が常時展示されています。
http://www.e-kyushu-geijutsu.com/enoki.html
http://www.coara.or.jp/~kujuaid/contents/enoki.html
★西美の杜美術館「榎木孝明 水彩画館」
北海道上川郡美瑛町字ルベシベ第二
0166−95−2339
2005年10月にオープンした『榎木孝明 水彩画館』。
榎木孝明が「描かずにはいられない気持ちにしてくれる」と言う素晴らしい自然の中にあります。
ご当地・美瑛を描いた作品及び、国内、海外の作品が常時展示されています。
http://business4.plala.or.jp/seibi-m/
★スピリチュアルチェック
小さい頃どんな子供でしたか?
チャンバラ大好きの子供でした。
尊敬している人は誰ですか?
母親です。
人生の転機はいつですか?
「天と地と」という映画をやった時。
想像して下さいあなたはエネルギーに満ち溢れています。どこにいますか?
ヒマラヤ。
なにか特技はありますか?
武術を長いことやっていて、触れると人が崩れていきます。
何か不思議な体験をしたことがありますか?
たまに幽体離脱をしてました。
国分:美輪さんとは初めてですか。
榎木:舞台ではお世話になりました。黒蜥蜴(くろとかげ)で。
美輪:明智小五郎をやっていただいたの。
国分:初めて美輪さんを見たときはどんな方でしたか。
榎木:不思議な方でしたね。今でもそうですけれど。
美輪:よく言うわ、自分のほうでもよっぽど不思議なんだから。
国分:江原さんとは。
榎木:以前出させてもらいました。再開を楽しみにしてました。
国分:印象は、どんなですか。
榎木:アンパンマンというかね。僕からは、お助けマンにいつも見えてます。
国分:形は。
榎木:形もそういえば。お助けマンの方の、窮地に陥ったときに助けてくださる。
ごめんなさい、最初からお助けマンといえばよかったですね。
国分:かなり、不思議な体験というのは多いのですか。
榎木:あまり不思議とは思わないですね。
お二人もいろいろやってらっしゃいますが、私は、不思議と思ってないですね。
世間から見ると変わっているけれど、二人からすると全然そういう意識はないと思います。
国分:世間が思う不思議なこととは、今まで。
榎木:僕は、アジアに行くのが大好きで、たとえば、インドではプラーナという言い方をするんですけれど、中国では、気ですね。
仙人はかすみをたべていきていると、あれは僕は本当だと思っているんですね。
僕は、食べなければ何日食べなくてもいいです。
国分:それは、やったことがあるんですか。
榎木:最近も、3日間なにも食べなかったりとか、ここの線を細くしたいと思ったら。
国分:それは、ダイエットじゃないですか。
榎木:そうですね、田中一村という画家の役をやったときは、15キロもダイエットをしたんですけれど。
意識は、そのプラーナを食べながら、一日一食はたべましたけれど。
国分:その気は、持ったりするんですか。
榎木:気は、その辺に見えますから。
意識としては、飲み込んで胃で腸で消化するというイメージをするとわりと簡単に入っていく。
食べないと体力が弱っちゃうとか、これだけの栄養素を人間はとらないといけないよとか、
あれは、全部嘘だと思ってるから。
国分:本当ですか、大丈夫ですか。
榎木:常識として、人間が決めたことだから。
だから、常識を人間が知れば知るほどちっちゃくなっちゃって。
美輪:だから、常識と真理は違うということね。
榎木:そうです。
美輪:だから、真理に基づいていれば、常識なんてどうでもいいの。
榎木:人間が常識化したときにそれが本当になるんです。
食べないと死んじゃうと思った人が、本当に死んじゃうんです。
食べなくても死なないと思った人は、死なないし、
食べなくても痩せないと思った人は、痩せないんです。
簡単なことですね。
国分:簡単なこと。
ものすごいレベルの高い話しになりそうな。
美輪明宏も太鼓判を押す不思議な人
これまでも、不思議な出会いと転機の連続でした。
1956年 鹿児島生まれ
両親は、共に教師、4人兄弟の末っ子として育ち、美術大学に進学するために上京
そこで、最初の転機が訪れます。
演劇と出会い、最初に劇団四季に入団。
若干24歳でオンディーヌの主役に抜擢されたのです。
幸運な役者人生のスタートでした。
国分:もともとお芝居には興味があったんですか。子供の頃から。
榎木:東京に来てからですね。
芝居のシの字も知らないし、興味も全然無かったですね。
僕は、美大に行きたくて上京しまして、結局、2年も浪人してしまうんですけれど、その間に芝居を始めてしまったんです。
父親がそれで、亡くなったもんですから。
厳格な父親でしたから、生きていたらたぶん許してくれなかったでしょうね。
結局は、大学を辞めてから、芝居の方に転向しましたから。
国分:厳しいお父さんだったんですか。
榎木:もう、厳しい、薩摩のスパルタで、裏の川によくつれていかれて、
ちっちゃころから、ザブーって(川に沈められていた)。
僕は、すごい泣き虫だったもんですから、「泣くなって」っていいながら、
でも、もっと泣きますよね。
厳しかった父とは反対に、
母親は、いつも榎木さんを励ましてくれたといいます
榎木:僕は、さっき母親を尊敬するいいましたけれどね。
ちっさいころから、毎回いわれることが
「お前は、無限の可能性をもっているからね」って。
もの心ついたころから言われてまして、
小さいから、「よーし俺は無限の可能性を持ってるんだぞー」っていってましたけれど。
でも、ちゃんとそれを信じられるようになったのは、30代半ば以降ですね。
本当だ、人間というのは無限の可能性を持っているんだなと実感として感じたのは。
国分:認識できたんですね。
美輪:さっき、「天と地と」っておっしゃったけれど、あれは、おいくつのとき?
榎木:あれは、32ですね。
美輪:32で、そう思ったのはそれがあるのよ、具体化してきちゃったわけ。
ある日突然、さっきの黒蜥蜴の舞台の話もそうだけれど、
ある日突然、パッパッとひらめいていくでしょう。
あなたの場合。
榎木:そうですね。
テレビドラマにも活躍の場を広げた榎木さん
その後も大きな出会いが待ち受けていました。
当時、次々に新しい作品を発表していた角川映画
その超大作「天と地と」に起用されたのです。
そこには、角川春樹監督との出会いがありました。
国分:人生の転機ですけれども、
「天と地と」という話がありましたけれど、これは。
榎木:監督を角川春樹さんがおやりになったんですけれど、
彼も「天と地と」をずっとやりたい作品だったんですけれど。
僕は、彼が監督としての才能がないんじゃないかなと思っていたぐらい
ダメだしが「違う、違う」としか言わないんですよ。
ほかに何も知らないんじゃないかなと思うぐらい。
それが何ヶ月も続きましたよ。
国分:何が違うかは言ってくれないんですか。
榎木:言わない。
違うとしか言わない、何をやってもやりようがなくなるというか、
何ヶ月かたって、奈落の底に落ちて、それこそ奈落の底に足が着いたみたいな感覚で、
自分の我が無くなったときにやった芝居でやっとOKが出て、
そのときにすごい人だなと思ったのは、
一言「俺が待ってたのはそれだって言われたんです」。
それまでは、榎木が頑張ってきたんです。
美輪:角川さんもまた、スピリチュアルなことが大好きだったから、
だから榎木さんはいらない上杉謙信ならそれでよろしい。
榎木:そういうことだったんですね。
それに気づくまで長いことかかって。
美輪:まだその頃は、スピリチュアルなものを感じたり思ったりしてなかった頃だったんですね。
榎木:そうですね、まあ好きではあったけれど、
あまりわかってなかったですね。
美輪:そこがわかっていれば、
一発でOKになってたはずなの。
私がね、角川さんのアニメでね神様の役をやったんですよね、
そのときに、すぐいっぱっで決まってたの。
榎木さんもね、スピリチュアルなことをあれしてたら一発だったのよ。
宇宙の消滅をたくらむ幻魔と人類の超能力者の戦いを壮大なスケールで
描いたSFアニメ「幻魔大戦」
角川監督も一発でOKをだしたという美輪さんのセリフは、
人類の見方をするエネルギー生命フロイというこの世のものではない存在の声でした。
国分:美輪さんとの舞台も大きかったんですか。
榎木:そうですよ、とっても楽しかったですからね。
美輪さんは、朝のあいさつがパッと見て「愛してるよ」っておっしゃってて。
僕は、それに答えられなかった、なかなかわからなくて。
でも、今は答えられます。
朝から一発で、「愛してるよ」って。
美輪:おかぶとられちゃった。
榎木:わかってますけれど、当時は、そこまで行き着いてないですからね。
美輪:人類愛だからね。
国分:僕も、収録が終わってから「愛してるわよ」と言われるんですけれど。
これ言われなくなったらどうしようっていうプレッシャーもあるんですよね。
愛してるという言葉の重みってあるじゃないですか、それを、
美輪さんは重たい言葉なんだけれど、さらっていわれるじゃないですか。
美輪:というのは、見かけのことだけで愛してるわよというのは、重くなるのよ。
私は、そういうことはどうでもいいの、私はその人のたましいとか知識あふれる純粋さとかがこよなく愛しいわけじゃないですか。
それが好きだから愛してるわよというわけね。
榎木さんもそういうことをお持ちだから。
榎木:やっとわかりましたね。
美輪さん以上に不思議な人だという榎木孝明さん
実は役者意外にいろんな顔を持っています。
そのひとつが武道家。
ふるさと薩摩の薩摩示現流(さつま じげんりゅう)を学び、
さらにふれるだけで相手を倒す古武術の達人でもあるのです。
国分:ちょっとやってもらってもいいですか。
榎木:いいですよ。
力を抜いて、こんだけです。
国分:今、全然力は入ってないですか?
榎木:力入ったらできないです。
もうひとつ人間には、『正中の理』(せいちゅうのり)というのがありまして、
垂直にがんばってまっすぐに立って下さい。
まっすぐたっても、指で押します。
倒れちゃうでしょう。
あなたの正中線を通しますね。
国分:すごい!
榎木:正中を通してあげたら、
その瞬間に百会(ひゃくえ)から一本の線が地球に向かって、
スコンって一本のラインが出来るから、多少押されても磐石に立てる。
国分:正中線はどうして見えるんですか?
榎木:どうしてでしょうね。
自分がわかると人のも見えます。
でも、これもまっすぐ立つ方法、みんなに教えましょう。
・かかとをあげてトンと下ろす。
・肩をあげてストンと落として下さい。
これで、同じく、これでまっすぐ立てる。
あと、腰痛もちの人とか自分で直っちゃったりとか、
自分で自分を矯正していきますから。
こんなに簡単なのに、みんな頑張ってまっすぐ立っていると、逆です。
力が入っちゃって、必ずゆがんでいっちゃうから。
武術の基本です。この正中ラインというのは。
国分:これはおどろいた。・・・今。
美輪:日本の古武道というのは、すごい生活の知恵なのね。
榎木:当然のごとく、庶民も武士もみんなこれをわかってたんじゃないですかね。
それを踏まえたうえでの時代劇を再現したいというものです。
美輪:素晴らしい。
武術で言う正中線とは、体の中心を上下に走る線のことです。
正中線をまっすぐに保てばバランスがよくなり、
体を自由にコントロールできるといいます。
榎木さんの不思議を示す古武術へのこだわり
そして、もうひとつの顔は、こころの赴くまま世界を歩くさすらいの旅人
20年前にインドの旅で感銘を受けて、以来さまざまな国を回っています。
そして、旅にかかせないのがスケッチブック。
榎木さんは画家の顔も持っているのです。
独学で水彩画を学び、今では2つの美術館を開くほど高い評価を得ています。
国分:美術館って2つもあるんですか。
榎木:おかげさまで、今は、大分県と北海道の美瑛町というところに2つあります。
国分:絵は昔から書くのが好きだったんですか。
榎木:結構、チッチャイ頃から好きでしたね。
美大では、陶芸がやりたくて陶芸専攻だったですけれど、
ただ、今書いてるのは水彩画なんですけれど。
誰からも習ってなくて、我流で。
江原:でも、デッサン力はおありですものね、
受験とかあるから。
榎木:受験勉強かなりやってた方ですからね。
国分:風景が多いんですか、書くのは。
榎木:旅の途中で一杯書いてきましたので。
国分:日本は行ったことのない場所が無い位。
榎木:都道府県は、そうですけれどね。
国分:あと、アジアを旅するのが好きみたいですね。
榎木:何で、こんなに好きなのかと思うぐらい好きですね。
国分:きっかけは何なんですか。
榎木:劇団四季辞めて初めて、インドに行って、
それまでヨーロッパは行ってたんですけれど、
芝居見に一人で行ってたりしたんですけれど。
国分:なんで、四季辞めてインドに行こうと思ったんですか。
榎木:あまり理由は、呼ばれてる感覚でしょうかね。
江原:元々いらしたから。
榎木:そうなんですかね。一番安心する瞬間があって。
国分:一番お勧めしたいのはやっぱりインドですか。
榎木:インドは、回数も一番多いですから、去年で12回。
去年は、10歳になった息子を連れて、二人旅をして来たんですけれど、
ベナレスというところに行って、インドでは、
10歳以下の子供と妊婦さんと毒蛇にかまれた人も遺体をそのまま流したりするんですけれど。
たまたま、2歳ぐらいの男の子の遺体が流れてきて、
それも息子は、見てるんですけれど、
その後、ガンジス川で2人で泳いでるんですね。
日本人ってなかなかガンジス川に飛び込めないんです。
さすがにそこに死体があってね。
美輪:日本人は現代だけに生きてるでしょう。
でも、インドのガンジス川とかそこいら辺の人達は、
現代とか古代とか時間を超越しているところで、
そこで生きてるから。
価値観が全然違うんですよ。
平凡な美大生だった榎木孝明さんを変えた数々の幸運な出会い
それは、単に運がよいだけなのでしょうか。
そして、なぜインドに惹かれ、何度も訪れてしまうのか。
幸運を招き出会いを生かす秘訣が明かされます。
国分:メッセージみたいなものがあるんですか。
江原:インドはふるさとみたいなもので、こっちの国のほうが新しいから、
馴染みが薄い。
それで、インドがもとにあるし、ヒマラヤで、ひとつ不思議に思うのは、
そういうことをやってきてるから。
インドでね、ヒマラヤでヒマラヤ行者の時もあるし、
まあ、そういうことに興味を持つのは当然。
またそれを、ご自身で瞑想とかするのは当然。
当然ずくしで、なぜ日本に来てね、
現実の暮らしの方の学びなんだなと。
よくこの番組でも言う、「里の業」とよくいいますけれど。
榎木:今が大事だと思いますね。
過去はとにかく、今が一番大事だと思いますよね。
過去未来も、関係なくて今をいかに生きるかが人間大事でね、
そこで迷っちゃうといろんな揉め事が起きちゃったりとかね。
江原:前世というのも、ひとつのヒントにはなるけれども、
前世を見ちゃっても、今じゃないですか。
今がなぜあるのかというのは、前世をヒントにしてだから今があるのかってことで、
結局、今なんですよね。
結局、今をとりこまないと。
美輪:だから、今なにをすべきかということ。
江原:榎木さんの場合は、スピリチュアルなものをお持ちだけれど、
言葉上の問題ですよ、
もともと、サイキックな力があるんですよ。
先ほどの映画でも何でも、
大きなきっかけやチャンスがあったというけれど、
いや、自分でうっていくんですね。
一般の方で、榎木さんも共通して学べることがあるとすれば、
無駄な心配をする人って世の中多いじゃないですか。
そうすると、あの思いってそっちの方へ持っていくんですね。
どんなことがあってもこっちに行くもんって、
そっちへ山登りじゃないけれど、
ヒューっとそっちへロープを引っ掛けちゃうんですね。
で、そこへ登って行っちゃう。
そういう力がすごく強い。
たとえば、古武道もうだけれど、
あれもすごいサイキックなもんですよ。
気もそうじゃないですか、
気を食べるとか、エネルギーを使うのが意外と自在な方。
榎木:僕は時代劇でやりたい映画が今あって、
待ってるより自分から仕掛けて、薩摩の映画を来年作っちゃおうとそういう発想になっちゃうんですよね。
プラス思考に、昔は違ってたんですけれど、
30代半ば頃ですかね、変わって来たのは。
一見、嫌なことでもこれを自分に教えてくれるために起きたとプラスにね変わっていっちゃいましたね。
美輪:プラス思考にね。
榎木:典型的な能天気。
美輪:それがね、人生の本当のコツなんですよ。
いかにね、人間の持ってる力がすごいかということ。
皆さんね、否定的なの。
まさか私が、俺がそんな力ないよとか、
全部ね、はじめっからマイナス思考で後ろ向きなの。
できなということを前提にして生きてるのよ。
だから、できないの、運がよくならないの。
運が悪いからと、そうして思い込んでるから運が悪いんですよっていうの。
いつもいいことが起きて、ラッキーなことしか起きないとか、
そういう人がプラス思考で、能天気でケセラセラなの。
だから、それをなさるのでしょう。
榎木:そう、結果的には、そうしてるんでしょうね。
自分が運が悪いと思い込んでいる人には、幸運はつかめない
自分の可能性を信じて、自分は運がいいと思い込むプラス思考の能天気、
それが幸運を呼ぶ秘訣だというのです。
そして、榎木さんが描く水彩画にも、大きな意味がありました。
江原:すいませんね。
不思議なメッセージで、美輪さんもおっしゃいましたが、
国分くんもいってましたが、やさしいと。
見ているすべてのものを、現実のものですよね。
美しいものですが、それをもっとクリーニングしたものを絵に写しちゃうんですよね。
だから、汚れたものをすべて美しいものに変えているのが榎木さんの絵。
要するに天界の絵なんですよね。
だから、どこも天国にさせちゃうということ。
榎木:かっこいいことを言わせてもらうと、
いつも“風”を書きたいと思ってますから。
国分:風、風を書くのは難しいですよね。
榎木:うん、見えないけど風。
江原:榎木さんは、街とか風景とかをお描きになりますよね。
今後、榎木さん人を描いて差し上げたが良いというですよね。
榎木:アジアに行くとね、一杯描いていたんですよ。
おじいちゃんも子供も。
江原:アジアでは、もともとのモデルが綺麗だから描いていて楽しいんです。
綺麗なものを写しているから。
でも、この国にいるとね、どうしても汚れる。
だから、それを描こうという意欲がわかなくなっちゃう、
くたびれちゃったりするんですよね。
そうじゃなくて、描いて見せてあげれば、
これがあなたの本当のエナジーだよってことを示して。
だから、誰を見てもそうだし、
それを見ている人が、自分がそれだけのピュアだってことを思いおこすことができる。
心のレントゲンみたいなね、そういう力があるみたいな絵にね。
だから、本当に人生に無駄はなくていろんな経験をして来られてるでしょう、
魂の上でね。
それ全部に役に立ってるんですね、
だからそういう意味で神を見せてあげるというのかな、
高い波動を見せてあげるるっていうことを進んですることと。
あと、まあ、今回ということでは、泥の方を見る勤めというか、
ハス方じゃなくて泥の方を見る勤めだと、
ヒマラヤ行者さんがおっしゃるんですね。
モノが本来持っている美しさを描く榎木さんの作品
これからは、人物を描きその人のピュアな部分を見せてあげればいいというのです。
武道を愛し、最近は薩摩の志士たちに心を惹かれるという榎木さん
いまは亡き父の思いが
榎木:映画に興味がすごくあって薩摩の映画を作りたい。
薩摩出身の武士を主人公にしたいんですけれど。
あの界隈って異常に惹かれるんですけれど、
やっぱりあの時代に惹かれるなにかに影響しているのでしょうか?
江原:ううん、それは、お父さんの気持ち。
それは、お父さんの意向が伝わってきてのことであって、
ご自身のいのちの経路じゃなくて、
お父さん自身の興味なんですよ。
榎木:そういえば、敬天愛人(けいてんあいじん)っていってましたね。
西郷さんの天を敬い人を愛するというのを床の間にどんとあったから。
それが、親父が好きだったんでしょうね。
江原:それをなさっているのが、親子のコミュニケーションであり、父孝行。
国分:お父さんは、役者になったことに賛成されているんですか。
江原:賛成もなにも、自己責任の上で生きるということをすごく大事にしてる人で。
だから、もともと、自分で責任を負えるのかということを常に頭にあるんですよ。
でしょう。
だから、責任を負えるんだったら「よし」なんですよ。
責任を負えないことに、投げ出したり、逃げ出したり、言い訳したり、
これぜったい許さない。
だから尊重してるんですよ。
人間としてしてはいけないことは許さないというんですよ。
美輪:これからね、ちょっと大変、榎木さん。
榎木:私ですか。
美輪:もっと覚醒していくから、いろんなことが。
やるべきことが、大ポピュラー大会にね。
いろんなたとえば古武道いろんなことや、
世直しじゃないけれど、それに近いことを始めますよ。
榎木:時代劇を通してね。
世の中を変えようとか、ぜんぜん思ってないけれど、
表現することで確実に伝わっていくものがあると、
今、すっごく信じてますので。
すごいエネルギーで邁進はしてますね。
美輪:でしょう。
それをますます発展させるようにおなりになると思いますよ。
楽しみだわ。
榎木:ああどうぞまたご一緒に、お願いします。
人間には、無限の可能性がある。
母の教えは幸運を招くキーワードでした。
さまざまな才能を開花させた榎木さん。
そして今、誇り高き薩摩隼人だった父の思いが、
時を越え榎木さんに届けられたのでした。
★スピリチュアル・メッセージ
浮世離れした世界に引かれるのは、魂の記憶があるからです。
今回の人生は「里の行」
俗世間から目をそむけず、
人が本来持っているピュアな部分を表現する務めがあります。
★オーラの言葉
人間のエネルギーを信じない人
「自分には出来ない」と思い込んでいる人に
幸運はやって来ない
プラス思考のノー天気が、人生のコツ
「強く生きるために」より
★オーラの出来事“92歳のホールインワン”
アメリカ合衆国フロリダ州クリアウォーター。
年間を通して温暖な気候に恵まれるため、第2の人生を楽しむ人たちが多く住んでいる。
ここにゴルフ始めて46年、92歳でホールインワンを達成した目の不自由な男性がいた。
彼は13年前に視力を失っている。
それでも趣味のゴルフを続け、仲間や奥さんにボールの位置や打つ方向を指示してもらっている。
★奇跡★
奇跡が起きたのは、2008年1月。
パー3のショートホールでいつものように、仲間のアドバイスを聞き、ショットをすると、見事にホールインワン。
この快挙は新聞にも掲載され、アメリカ中が驚き、仲間たちは記念パーティーを開いてくれた。

